「れおっち」のブログ

あなたに「小さな刺激」をお届けします。

苦手だった国語をやり直すためにあえて文転浪人した話

みなさんこんばんは(-ω-)/ 

ブログを始めて早々続くか不安になっています、「れおっち」です。

とりあえず、しばらくはどんなに薄い~内容でもいいので

(読者さん的には全く良くないよっ)毎日続けることを目標にしたいと思います苦笑

 

とかなんとか言っておきながら今日のトピックはかなりアツいお話です(*´з`)

(ちょっと真面目なお話が多めかもしれません)

 

タイトルの通り僕はいわゆる※文転して一年間浪人してから大学へ入学しました。

(※文転→理系だった人が文系に専攻を変えること)

今日はその経緯とその結果得られたことなどについて書いていきたいと思います。

 

僕自身今でこそ「勉強大好きマン」で通っていますが、以前は大の勉強嫌いでした。

というのも、勉強ができなかったからです。まぁそうですね、何でもできないことって苦痛に感じてしまうと思うんです。とにかく勉強が嫌いでした。

 

そんな僕が「脱・勉強嫌い」になるきっかけとなったのが小学4年生の時にふと入ったSNゼミナールこと「Sゼミ」です。Sゼミの教室長であるK子先生はとにかく熱い先生で、その先生のおかげで僕は回心できたと思っています。

(Sゼミについての詳しいお話はいつか別記事でお話したいと思います(-ω-)/

 

月日は流れ、K子先生の多大なるサポートによってまじめに勉強するようになった僕は晴れて第一志望であった自称進学校K高校に入学することができました。

めでたしめでたし。とはならなかったんですねぇ……

誠に遺憾ですが。はい。

 

K高校に入った僕は浮かれて遊びほうけるでもなく、ただ漫然と、何事もな~く、毎日をそれはそれは無駄に過ごしていました。いやあ、本当に無駄にしてたなあ。せめて遊びまくってくれてばよかったものを。笑 はい、高校生活を何か一言で表すのならば

「平和」これ以上の言葉は見つからないですね、うん。

漫然と勉強もろくにしなくなった僕は高校二年生になり、「文理選択」の時期となっていました。今考えると末恐ろしいことなのですが、この時の即断即決といえば

好きでもない男の子に言い寄られて三か月間返信をしなくなった女の子がその男の子に「話がある」と呼び出されたときに「ごめんなさい」っていうくらい速かったですね。

いやもう、本当に速かった。(ちなみにこの例え話は知人の実話です。)

先生「はい、じゃあこの紙に文理どっち選択するか書いて一週間後に提出してな!」

僕「はい、僕もう決まってるんで!理系です!」

こんな感じでした。これで理由がしっかりあるならたいしたもんだって話ですよね。

僕の場合「国語が楽しくないから。」でした。うわ、なんかしょうもな。。。

当時の僕はとにかく国語が嫌いで、その現実から無意識に逃げているようでした。

当然語彙力など皆無でしたが、それすらも全く気になっていませんでした。

とにかく関心がなかったんです。母語なのに。

 

そんな僕の考えが変わったのは高三の夏のオープンキャンパスでJ智大学へ行った時でした。僕にとってそこは本当に同じ国とは思えない場所でした。

体験授業で流暢に英語を話し出す日本人がうじゃうじゃいたのです。

「うわあ、かっこいいなあ。自分なんて

日本語すらままならないのに。」

この時の僕はこの言葉が僕の中に刻まれ続けるとは思ってもいなかったのです。

 

月日は流れ、受験もひと段落し後は入学金納入だけとなったある日。

僕はふと夏のオープンキャンパスのことを思い出していました。そして、こう思ったのです。

「これ以上国語嫌いから目を背けたくない、このまま社会に出たらオワル。」

そう思い立った僕がしていたことは短期バイトへの応募でした。

(流石に来年の受験料や模試代などを自分で稼ごうと思ったため。この短期バイト中にはめちゃめちゃ色んなことがあったのでいつかお話ししたいと思います。)

こうして僕の現役受験は幕を閉じ、同時に今まで散々避けてきた国語と言葉通り向き合う生活が始まったのです。

 

さて、てなわけで僕の浪人生活が始まりました(*´з`)

基本的に週2,3回短期バイトに行き、その他で勉強するという生活が夏ごろまで続きました。予備校には全く行くつもりがなかったのですが、おばあちゃんのサポートがあり、国語の勉強のために通わせていただくことができました。

おばあちゃん、本当にありがとう(*´Д`)

 

スタート時は国語の偏差値が河合模試で42、英語62、数学63程度だったと思います。

(英数国受験を選びました。理由は後ほど!)

それまで国語というものを完全に捨ててきていたので、現代文・古文・漢文は

本当に基礎の基礎、一から始めることになりました。

最初はそれはそれは文章を読むことが苦痛で仕方なかったし、なにせ読めない読めない。そりゃそうです。「語彙」がなさすぎたから!!!

ということで、最初は「ボキャブラリー」の勉強に力を入れていました。いろんな本を読むようになって、わからない単語が出てきたらその都度調べる。そんなことを繰り返してしばらく経った頃、僕はとても重大なことに気づいてしまったのです。

それは語彙が増える」ということは

考えの幅が広がることを意味する、ということです。

 

いやいやいやいやいやいやいや笑

何当たり前のことホザイとんねんって今思った方、いらっしゃると思います。

それはもう、本当にその通りだと思います!笑 でも、みなさんにとって「当たり前」のことは僕にとっては「当たり前じゃなかった」のです。

そんだけサボってたということですね笑

この時の衝撃と言ったら、好きな女の子と良い感じで一か月間毎日電話とかしたり、デートも数回行ったので「そろそろ告白しようかな」と思い始めた頃にその女の子に電話で突然「あ、そういえば言ってなかったけど、私付き合って三年になる彼氏がいるんだ笑」って言われた時くらいの衝撃でした。

(※ちなみにこの例え話は僕が経験した実話です。)

とにかく僕にとっては、とても新鮮で衝撃的な事実だったんですね。

この時もう一つ思ったことがありました。

それはえ、この話って日本語だけじゃなくて別の言語でも言えることなんじゃね?!

この時の僕はまるで世界的な大発見をしてしまったかのような気持ちでいっぱいでした。ちなみにこのことがきっかけで今は英語頑張ってたりします(^^♪

 

これ以降の僕は、自分で言うのも何ですがとにかくすごかったです。想像してみてください。今まで何も知らなかった人がとんでもないことに気づいてしまい、知的好奇心がMAXに刺激され、様々なことに関心を持ち始めた姿を。

いやはっきり言ってもう別人になってしまいましたね。今までわからなかったこと、気にしてこなかったことの多さに絶望すると同時に、自分の中で色んなことが繋がり始めてどんどん色々なことを吸収しているのが自分でわかりました。いやもうこれ以来の僕の吸引力はダイソンにも負けてない自負があるほどです。

(※それだけ今まで空っぽだったってことですね。)

 

さてそんなこんなで時は流れいよいよ受験が近づいていました。

ちなみにこの時の僕の偏差値は河合模試で英語68、数学69、国語62でした。

いや、満足はしていなかったもののよくもまあ、上がりましたねって感じです。笑

国語はめちゃくちゃ上がったんですけど、他の二科目があがったのも実は国語のおかげだなって思ってます。英語に関して言えば、要は外国語が母国語を超えることってできないと思うんですね。母国語で理解していくわけですから。これはほかの科目にも全般的に言えるんじゃないかなあとか思ってます。読解力が実はすべて説ですね!

そして本番に臨みました。

残念ながら第一志望のJ智大学外国語学部英語学科には力及ばなかったのですが、

同じくらい魅力的だった第二志望のMJ大学のめちゃめちゃアツい学部に入学することにしました(*'ω'*) (学部の話はめちゃめちゃ語れるので次言及します。)

 

こうして僕の浪人生活は幕を閉じることとなるのですが、正直言って「あの時、国語と向き合いたい!」と突拍子もない決断でしたが、結果的に僕にとって英断だったと思っています。あの時の決断がなければ、今の僕は存在しません。この経験を通して学んだことは僕にとって今後も一生活きてくることだと思うし、何より「嫌いだと避けることからは何も得ることがないのだ」ということを学びました。「学ぶ」という言葉は能動的なものであり、「避ける」といった回避的な行動とは疎遠なものなんだと思います。

このブログを読んでいただき、一人でも多くの読者さんに出逢い、読者さんにとってどんなに小さなことでもいいので何か刺激を与えるきっかけになれたらこれ以上嬉しいことはなく思います。

非常に拙く冗長な文章になりましたが、ここで筆をおかせていただきたいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました!(*^-^*)

 

次回は「僕の学部に関するお話」をさせていただければなと思います(*´з`)

では、おやすみなさい~(@^^)/~~~