「れおっち」のブログ

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文転浪人して大発見!??②-嫌いから学ぶということー

みなさんこんにちは!

「れおっち」です(-ω-)/

 

さて。

今日はいきなり本題から入っていきたいと

思います(*´з`)

 

↓ 前回の復習をしてから続けて読むことを

オススメします(-ω-)/ 

shizhonglingyang.hatenablog.com

 

 

国語なんて

嫌いだ!!!!

 

国語を嫌って理系に

逃げた自分が

もっと嫌いだ!!

 

 

僕は色んなことを嫌っていたんです。

もちろん人は「好き嫌い」が少なからず

あったりすると思う。

 

「嫌いな食べ物」とかね!

 

ちなみに、僕は小学校の頃から

「ドライフルーツ」系や「レバー」の

食感がどうしても苦手で嫌ってきました。

 

きっとあなたも何かしら「嫌い」なことが

あると思うのです。

 

その「嫌い」の中で僕にとって

最大の「嫌い」=「国語」

と向き合った経験を通してみなさんに

伝えられることがあると思う。

 

今日はそんな話。

 

 

人はなぜ「嫌う」ということをするのだろう。

 

一言で言うのなら

「自分を守るため」だと

思う。

 

 

自分が傷ついたり、

不快な思いをしたりするのを「避ける」ため

人は「嫌う」ということをする。

 

つまり、「自分のタメ」に人は「嫌う」

ということ。

 

ドライフルーツを嫌っていたのは

「不快な食感」から自分を守るため。

 

では、

「国語」はどんな理由で嫌っていたのか。

 

単刀直入に言うと、

国語が苦手な自分(読解だったり、

考えたり、人とコミュニケーションを

とったり)

を認めたくないから嫌っていた。

 

国語が苦手な自分なんて価値がない

といった風に捉えていた自分がいたんです。

(ここら辺のお話はまた別記事で"(-""-)")

 

認めてしまったら、自分で自分を

否定したような心地がする。

 

そうやって「国語」を避けることで

僕は自分自身をなんとか

保っていたんです(*´Д`)

 

前回も書きましたが、別にそれが「悪い」

ということが言いたいのではありません。

当時の僕にとってはそれが「最善の選択」

だったと思うからです。

 

ただ、できることならいつまでも

「回避」してたくはないよね、というお話。

 

人は「嫌う」とき、何をするか。

 

人は「嫌う」とき、

その対象を「避ける」ことをする。

 

僕は高校三年生まで「国語」を避けてきた。

でも、避け続けた結果、

「避け続ける自分」が嫌になった。

 

たしかに、避けてきた期間は「一時的に」

心は安定するかもしれない。

嫌な思いをしなくて済むかもしれない。

 

でも、長期的に見ると、それは

「問題を後回しにしていただけ」であり

必ずそんな自分とまたぶち当たるときが

来るのだと思う。

 

「自分を守る」ための「嫌うこと」は、

どうやら本当の意味で

「自分を守る」ことには繋がらない、

ということらしい。

 

 

この事実を知った上で、れおっちなりの

経験から新たな解決策を提示したい。

 

僕は「国語嫌い」な自分と向き合うために、

自分の身を「国語と向き合わなければ

いけない環境」に置いた。

 

それは「国語」を受験科目として使う、

ということだった。

かと言って、「数学」は好きだったので

「英数国」型の受験方法を取ることにした。

 

期間は一年間。

 

僕はこの期間で、

「受験に必要なお金」を貯めながら

「国語嫌い」を

克服しようと思った。

 

(派遣バイトをする中でそれはそれは色んな経験をしたので、それも別記事にします)

 

一年間の猛勉強の末、

偏差値英語67、数学70、国語63まで

もっていくことが出来た。

(もともとは英語63、数学62、国語49くらい)

 

それに今では、

「国語」は大好きだし、

年に50冊は本を読むようにもなった。

 

一年間「嫌いなこと」と向き合うことを

通してれおっちは多くのことを

発見しました。

 

その中でまず伝えたいのは

「嫌いなものの中は『学びの宝庫』だ」

ということ。

 

なぜなら、人は「嫌いなもの」を「避ける」からです。

避ければ、当然その中にある「気づき」

「学び」に触れることなんてできなくなる。

 

どんな物事の中にも、気づくべき

「大事な要素」がいくつもあったりする。

 

「嫌う」ことでたしかに「一時的な」安心、

安定は得られるかもしれないけれど、

「嫌い続ける」と

いつしか「自分を嫌う」ことに繋がる。

 

「自分を守る」ために「嫌うこと」を

無意識的に人は選ぶけれど、

それが結果的に「自分を守る」どころか

「苦しめる」ことに繋がる。

 

本当の意味で「自分を守る」というのは

「嫌いなもの」と向き合うことの中でしか

見つからないと思う。

 

「嫌いなもの」と向き合うことで、

自分をより深く知ることに繋がったり、

嫌いなものから自分の中になかった

「気づき」や「学び」を得ることが出来る。

 

そうやって人は学んで、自分の世界を広げ、可能性を増やしていくんだと思う。

 

それこそが、まさに真の意味で

「自分を守る」ということに

繋がるのではないでしょうか。

 

ちなみに、れおっちは

この一件以来

「嫌う」ことを辞めました。

 

 

「嫌い」から「学ぶ」ことがあることを

知り、

「嫌い」が生み出すものは「別の嫌い」だと

身をもって知ったからです。

 

今では「レバー」は大好物の一つとなり、

焼き肉や焼き鳥へ行けば

必ず食べると言っても過言ではありません。

 

不思議なことに、向き合ってみると

「良い面」があることを知り、

「良い面」が見えると

「コイツも悪くないな」と思えるように

なったんです。

 

もちろん「苦手なもの」はたくさんある。

それでも、あえて「苦手なもの」に触れて

みるようになったし、

少なくとも「嫌い」ではなくなった。

 

一度騙されたと思って「嫌い」と

向き合ってみてはいかがでしょうか( *´艸`)

 

 

今日はこの辺で♪

 

↓続きだよーん( *´艸`)

shizhonglingyang.hatenablog.com

 

 

 

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