「れおっち」のブログ

あなたに「小さな刺激」をお届けします。

「夢」の話をしよう。ーれおっちの想い描く世界ー

みなさんこんにちは!

「れおっち」です(-ω-)/

 

2020年も残すところ、 

5日となりましたね(*´ω`)

 

れおっちは実は今まで、

一年の終わりにその年の

「振り返り」というものを

したことが一度もなかったんですね。

 

ただ、最近「過去の自分」と向き合うことの大切さを知って

「振り返り」というものを日常的に

やるようになったんです( *´艸`)

 

今年は「一年」を振り返ってみて

それをぜひカタチに残したいな~

だなんて思う今日この頃。

 

残す日は毎日ブロブも書きたいな、

って思っているれおっちですが

どんなことを今年の記事として

残したいかなって考えるわけです(゚д゚)!

 

考えに考えた結果(本当は5秒くらいしか「うーん」ってしてない)

れおっちの「夢」について書くことに

しました(*´ω`)

 

ぜひ最後まで「れおっちワールド」

楽しんでいって下さい♪

 

 

ーーーーーはじまり、はじまりーーーーー

 

 

 

前に一度、れおっちは「志」の

お話をしました。

 

↓ちなみにこれ( *´艸`)

shizhonglingyang.hatenablog.com

 

志は「心指し」だ、と。

別に持たなくてもいいけれど、

あったらあったで

僕らに「方向性」を与えてくれる

まるで「コンパス」のようなものだよね。

 

志が「ゴール」へと導く「コンパス」

なのだとしたら、

夢は「自分の想い描く世界」だと、

れおっちは思う。

 

これもまた、持たなくても良いけれど

あったらあったで自信を常に

ワクワクさせてくれる源泉みたいなもの

として日常をまるで

「自分が創っていく物語」かのような

心地にしてくれる。

 

 

「夢」って言うと、

小さい頃はこんな「夢」を想い描く人が

多いんじゃないかな、と思う。

でも、いつの日か大人につれて

「夢」を思い描かなくなっていく。

なんとも哀しいことだなって思う。

 

 

「〇〇になりたい!」

 

 

小さい頃は、「夢」のあり方も今とは違くて

自分自身の「理想とする職業像」のような

ものを「夢」として

捉えていたんじゃないかと思う。

 

それはそれでいい。

 

ちなみに、

れおっちは「漫画家」になりたかった。

 

小学3年生の時に「手塚治虫」さんの

漫画を初めて手に取った時に

「人は『絵』と『動き』と『話』を

組み合わせることでこんな感動を届けることが出来るんだ!!」と感動したのが

きっかけだった。

 

れおっちの家庭はいわゆる、

「シングルマザー」の家庭で

れおっちが幼稚園の頃から母親に

育ててもらってきた。

 

小さいながらも、れおっちなりに

なるべく負担にならないように、

ってなかんじで「わがまま」を

言わないように気をつけてきたつもり。

 

だから、あまり「〇〇したい!」ということを、れおっちは

母親に対して言ってこなかったし、

自分自身でもどこか遠慮したような心地で

心にそっとしまっておくことが多かった。

 

そんなれおっちが母に対して

「〇〇したい」と伝えたことが

今までに二度あった。

 

一度目が小学6年生の頃、

楽しい!って思えたバスケの習い事を

したい、と母に伝えた時。

 

母は

「なるべく寂しい思いをさせないように」とれおっちに

色々な「習い事」をさせてきてくれた

けれど、その中にれおっちから

「やりたい!」と言ったものは

1つもなかった。

 

だから、「バスケ」はれおっちにとっては

結構「大きな意味」を持っていた

お願いだったんだよね。

 

初めて自分の口から「やりたい」といった

ことだった。

 

残念なことに、バスケは父母会やらで

なにやら集まり??みたいなものが必須??らしくて、母に断られてしまった。

 

 

それから、二度目が中学三年生の頃。

れおっちが中学を卒業したら

「漫画の専門学校に行きたい」と伝えた時

 

もちろん、お金がかかることだったから

無理かもしれない、とは

わかっていたけれど、

「漫画家になりたい」って思ってから

中学三年生までの間、自分なりに

「漫画」を描いてみたりはずっと

していたけれど、

どうしても行き詰ってしまったり、

ペンの使い方が試行錯誤しても

上手くいかなかったり、

とにかく「プロの方」に直接教えて

もらいたい、そんな風に思ったからだった。

 

結果は思いもよらないカタチで

諦めることとなる。

 

第一声にこんなふうに言われた。

 

「漫画家で食べていくのなんてほんの一握りの人にしかできないんだよ。

それにれおっちは本気でそうなりたい

って思ってるの?私の目には

そうは見えないんだよね。

普通に高校に行ってほしい。」

 

今のれおっちがこの言葉を聞いていたら、

また違う視点で捉えることが出来ていたかもしれない。

 

母なりに、「現実の厳しさ」を知っている

からなのか、

中途半端な気持ちならやめておいたほうが

いいよ、という意味で

れおっちのことを考えた末の言葉だったの

かもしれない。

 

でも、当時のれおっちにとって

この言葉は心を鋭くえぐるような言葉

だった。

 

簡単じゃないことなんてわかってる。

ただ、「応援」してほしかった。

学校に行けないとしても、そんな風に

「否定」と捉えられるようなこと

言ってほしくなかった。

特に一番身近な存在だからこそ。

 

この時、れおっちの中で何かが壊れた。

 

あぁ、れおっちが「〇〇したい」と

思ったことは叶わないんだな。

というか、そうやって思うことすら

ダメなんだな。

そんな風に思った。

 

それ以来、れおっちは母に「〇〇したい」ということを言わなくなったし、

それどころか、そもそも「〇〇したい」

とすら思わなくなったんです。

 

 

 

それから時を経て、現在。

 

れおっちは今、新しく「夢」を抱いている。

 

その「夢」が出来上がるまで、

「夢」を思い描けるようになるまで、

本当に色々な経験をしたし、

色々乗り越えた。

 

 

オモシロいことに今は

「〇〇になりたい!」という

「夢」はなくなった。

でもまた別のカタチで「夢」を

思い描いている。

 

 

一言で言うと、

 

「日本に多様性を

受け入れ合う

『文化』を根付かせること」

 

これが今、

れおっちが思い描いている「夢」です。

※この記事では「概要」を書きます( *´艸`)

→近いうち、別のカタチで「全体像」を

書きますのでお楽しみに♪

 

 

今、れおっちの眼には「日本」という

世界がこんな風に視えている。

 

「インフルエンサー」と「その他」な世界

 

 

SNSが台頭してきて、「マスメディア」ではなく「個人」の「発信」が

注目される世界になりました。

 

そして、各分野で「インフルエンサー」

と呼ばれる人が力を持ち出した。

 

インフルエンサーは独自の「色」を

SNSを用いて世界に発信する。

彼らの「声」は大きいし、

彼らの「色」は濃い。

 

そうすると、

当然人が周りに寄っていくわけです。

 

もちろん、「インフルエンサー」の

「色」に触れることは

とても刺激的だったり、

「学び」で溢れていると思う。

 

インフルエンサーの「色」に触れること

自体は全くと言って悪いことなんか

じゃない。

 

むしろ、積極的に触れてみたいとさえ思う。

 

(実際、れおっちは『キンコン西野さん』のオンラインコミュニティに属しています)

 

 

ただ、ちょっと待って???

 

あなた自身の「色」はどうしたの???

 

れおっちは西野さんのコミュニティが

2000人規模の頃から属していて、

現在7万人を超えるコミュニティになるまでの過程を中から見てきました。

 

その中で気づいたことがあったんです。

 

それはメンバーの98%くらいの人は

「西野さんの色」になっていて、

2%(実際もっと少ないかな)は

「自分の色」に「西野さんの色」を

上手く足している、ということ。

 

喩えるなら、西野さんが赤色なら、

98%はいつの間にか赤色になり切っている。

一方で自分の色が青だとして、

西野さんから赤色を自分に塗る人は

紫になるイメージ。

 

 

れおっちは思うんです。

 

一人一人の人にはそれぞれの「色」が

あって、「声」がある。

その裏にはその人だけの

「ストーリー」がある。

その過程の中で、

その人だけの世界の「視え方」「捉え方」

というものが出来上がる。

 

その一つ一つは世界にたった一つ、

「あなた」だけのもの。

 

その人にとって「アタリマエ」なことも、

他の人にとっては「アタリマエ」

なんかじゃない。

 

逆に言えば、それはお互いに

「刺激し合える」ということであり、

「学び合える」ということ。

 

僕ら一人一人には

計り知れない価値があるって、

れおっちは大真面目に思っているんです。

 

だからこそ、思う。

 

いやいや、

「インフルエンサー」と「その他」の世界

なんてオカシイでしょ!!!

オカシイし、そんな世界ツマラナイ。

 

確かに「インフルエンサー」の「声」には

価値があるよ。

 

でもそれは僕ら一人一人も同じだ。

僕らの「声」だって計り知れない価値があるんだ。

 

でもじゃあ、なんでそういうことが

起こるんだ??

 

今の世界が、安心して『発信』できる場

じゃない、ということ。

 

そして、そもそも『発信』するということのイミや価値を感じていない人が多い、

ということ。

 

さらに、それは前代未聞のことなため

「前例」がないということが

関係している、とれおっちは思っています。

 

本当はこの夢に至った経緯から書いて、

そして、「じゃあ具体的に何やるの?」

というか「やってることあるの?」

というところまで言及して

書いていきたいのですが、

それをしようとすると

軽く20万字は言ってしまうと思うので

ブログ上でそれをやるのはやめようと

思っています(笑)

 

※ちなみに、れおっちの1記事辺りの

文字数は3000字から4000字行く

のと、れおっちは現在60記事弱書いていることを加味しても普通に18万字とか

既に書いているわけなので過言じゃないと

思われます( *´艸`)

 

 

一度は「夢」を持つことすら諦めた

れおっちでしたが、

現在は「夢」を抱いているし、

その「夢」に向かって

一歩一歩歩んでいます。

 

よく、「諦めなければ『夢』は叶う」

みたいなことが言われますが、

れおっちにはそれはよくわかりません。

 

だって叶えたことがないから。

 

でも、一つ言えることは「夢」を想い描く、

というだけでも

「夢」を持つ、イミって

あるんじゃないかな、ということです。

 

 

ちょっと書き足りませんが、

今日はこの辺で♪

 

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