「れおっち」のブログ

あなたに「小さな刺激」をお届けします。

自分の人生は自分で創るーレールを敷いていくということー

みなさんこんにちは!

「れおっち」です(-ω-)/

 

今日もまた早朝バイト(6-9)を終えて、

そして次のバイトが10時から始まるという状況の中れおっちは猛スピードで

一つの記事を書こうとしています!(笑)

(いったい何に挑戦しようとしている

んだね、君は。)

 

 

昨日に引き続き、何を書こうかなぁと

考えていたところ、

ふと思いついたことがあったのでそ

れについて書こうと思います。

 

「人生」は自分で

創っていくものだよね、って話。

 

朝から重たいですね(笑)

 

 

さて。

 

「文転浪人」を終えたれおっちは晴れて

大学生となるわけですが

一体どんな「学部」を選んだのでしょう??

 

↓ちなみに大人気の「文転浪人シリーズはこちら」

shizhonglingyang.hatenablog.com

 

れおっちが選んだ学部は

明治大学の

「情報コミュニケーション

学部」

という学部でした。

 

 

なにやら名前からして怪しげな雰囲気が

漂っていますよね(笑)

 

この学部めちゃめちゃオモロイんです!

 

入学式で学部長に言われた印象的な言葉を

紹介します。

 

 

学部長「君たち。

いいかい、、、?

なんで私たち大学側が君たちの

人生を決めなきゃ

いけないんだ???

(なぜかキレ気味)

テメエの人生は

テメエで創れ、

という話なんですよ。

そのための「環境」はボクらが用意する。

だから後は君らが

勝手に

やっていってくれ。」

 

 

 

 

\(゜ロ\)(/ロ゜)/\(゜ロ\)(/ロ゜)/\(゜ロ\)(/ロ゜)/\(゜ロ\)(/ロ゜)/

\(゜ロ\)(/ロ゜)/\(゜ロ\)(/ロ゜)/\(゜ロ\)(/ロ゜)/\(゜ロ\)(/ロ゜)/

 

 

 

もはや、衝撃過ぎて言葉を失った

れおっちがそこにはいました。

 

色々ツッコミどころはあるけれど、

とりあえず全部まとめて

 

えええええええええええええ?!!!!!!\(゜ロ\)(/ロ゜)/

 

 

と言っておきます。

 

 

「先生」ってこんな感じだったっけ?!!!

「え、言葉遣いわっる!!!!」

「え、でもなんか言ってることカッコ

よくね???」

「え、なんかいい感じじゃん???」

 

 

あの入学式で、れおっちの中の「壁」が

一枚はがれた気がした。

 

これがれおっちと

「情報コミュニケーション

(通称:情コミ)」との出逢いだった。

 

情コミはオモシロイことに、

「カリキュラム」というものが存在しない。

(※れおっちが入学した年度から

「初の試み」だそうです)

 

えっ?!!

そうなんです。

「フツウ」が各学部には「カリキュラム」と呼ばれるものが存在していて

ある程度「学部側」に「これはとってね!」と言わんばかりの講義が指定されていたり

する。

余った分で「選択」して講義を取ることが

できる、というのが「フツウ」なわけです。

 

 

「情コミ」には

その「フツウ」が存在しない。

 

 

なるほど。

「自分で創っていけ」か。

 

オモシロイ。

自分にピッタリな学部だって改めて思った。

 

「文転浪人」を経た結果、

れおっちの中には二つのコンパスがあった。

 

「英語をコミュニケーションツールとして

扱えるようにすること」

「文型とか理系とか問わず学ぶことが

出来ること」

 

この二つを胸に、れおっちは大学生活を

送っていくことを決めていた。

 

今まで僕らは、日本が敷いてきた「レール」に乗ってここまで来ることが多い。

(もちろん、そもそも「レール」に

乗れている、ということすら

アタリマエなんかじゃなくて、

その「レール」に乗ることが

出来ない人がいることを踏まえて、

「レール」に乗ることが出来たからには

そこでたくさんのことを得て、

それをシェアする義務がある

とれおっちは思っている)

 

だから、僕らはそこまで「考える」という

ことをしなくても

「なんとなく」大学生になっていた、

ということがフツウに起こる。

 

というか、自分が「電車」の中にいることを認識できない限りはそうなるのが、

むしろ自然だとすら思う。

 

何が言いたいかと言うと、

日本にいると、

僕らは「自分でゼロからイチを創る」という経験をほとんどすることがない

のではないか、ということ。

 

ところがどっこい。

 

本来は、自分の人生というものは

誰かが決めるものなんかじゃなくて、

他の誰でもない、

「自分」が決めていくものなはずだ。

 

「親」でもなければ、「先生」でもない。

 

「自分」で「選択」をして

「自分が歩む道」を創っていく。

 

それが、自然な状態なのではないかと

思うんです。

 

しかし、様々な要因が重なって

現在の日本では

「親」や「先生」を始めとした

「大人」が僕らの「人生」について

とやかく言ってくることが

「フツウ」になってしまっている。

 

僕ら一人一人の人間には

「自分自身の想い」があって、

それを主張したり、思うように行動する上で

「大人」も「子ども」も、

「男」も「女」も、

「出身」や「学歴」、

何一つ関係ない。

 

であるのにかかわらず、

そんな「オカシイ」ことが

「フツウ」にまかり通っている現実がある

のが今の日本だとれおっちは思うんです。

 

だがしかし、そこに対して

ピーピー文句ばかり言ってたって

何も変わるはずもない。

 

「相手」は変えることが出来ないんです。

 

変えることが出来るのは「自分」だけだ。

 

自分の「物事に対する見方」や

「捉え方」を変えることで

僕らは「世界」を変えることが出来る。

 

 

だから、「学び」が大切なんだ。

「きっかけ」が大事なんだ。

 

たった一つのきっかけ、が僕らの

「見方」や「捉え方」を根本から

ひっくり返してくれる、ということが

起こるから。

 

 

だから、れおっちはこうやって

文章を書いて、

これを読んでくれた「誰か」にとって、

「気づき」や「刺激」や「学び」となって

その人にとって「良いきっかけ」に

なったら、なんて嬉しいんだろう。

 

そんなことを思って

今日も書いているわけです(*´з`)

 

 

自分の人生は

自分で創る。

 

 

それは、「常識」(フツウやアタリマエ)に縛られることなく、

自分の道を自分で創り、

歩いていくということ。

 

つまり、「人生」だと

れおっちは思うのです。

 

 

今日はこの辺で!

 

バイト行ってきまーす( *´艸`)

 

 

 

↓れおっちと絡んでみたい方はこちら!

(DM下されば必ずお返事します( *´艸`))

 

↓ポチッと登録よろしくお願いします♪記事更新後すぐに通知が行きます(*´з`)