「れおっち」のブログ

あなたに「小さな刺激」をお届けします。

「ルール」に従うための「ルール」

みなさんこんにちは!

「れおっち」です!

 

今年に入ってから三日間、

所謂「三賀日」をすべてバイト三昧で

過ごしているれおっちです(;´Д`)

 

今日は早朝バイトと、

この後9時間労働が待っています、、、、笑

「いいもんね!!!

稼げるからいいもんねーーー!!!」

(※ただの強がりです)

 

本当はバイトまでの時間寝たい!!!

ひたすら「寝正月」したい!!!

 

だけれど、今年は

「『継続すること』を継続する」年に

本当にしたいんです!!!

 

ということで、

ただ決めたことを続けます( *´艸`)

 

 

 

れおっちは何か行動する際、

基本的には「思いのまま」行動します。

 

なぜ一旦立ち止まって考えないのか??

 

その一つの理由に実は

「一旦考えるとどこまででも考えてしまう」

ということがあったりします。

 

→実はれおっちは「考えられない」

と言うよりは考えること自体が

そもそもめちゃくちゃ好きなんです。

 

キリがないくらい、色んな観点からそのことについて考えてしまう結果、

気づくと何時間も経っていた、

またはいつの間にかオモシロそうなことを

やり始めていたりします。

 

 

しかし、そんなって「思うがまま」に

生きていると

もちろんワクワクすることに出逢えたり、

予想もしていなかったオモシロいことに

出逢ったり、

良いことがあれば、逆に「これは、、、」

と思うことも起こったりする。

 

それこそ、

「時間」がいくらあってもキリがない。

 

時間は有限だ。

 

そんなことを思ってか、最近は

「事前に計画を立てることの大切さ」

だったり、

「なるべく無駄をなくすこと」

を意識したり、

今までのれおっちが意識していなかった

世界を視ようとしている自分がいたりする。

 

そして、ふと頭をよぎったのが

こんな「ことば」だった。

 

 

「ルール」に

従うためには

「ルール」が

必要だなぁ

 

 

今日はこの「ことば」の裏側に迫っていき、その中で何かみなさんに

お届けできるのではないか、

とれおっちは思っています( *´艸`)

 

 

どういうことか???

 

そもそも「計画」の本質

ってなんなんだろう???と考えてみると

事前にストーリーラインを描いておくことで

『目標地点』まで最短距離でいこうとすること」

だと思うのです。

 

これをもう少し、噛み砕くと

前もって「時間」を使って考えておくことで

走り出してからのスピードをなるべく

落とさないようにすること。

 

なるほど??

 

れおっちはどちらかと言うと、

いきなり走り出して、

「壁」とぶつかったらその場で考え、

ぶち壊して、また走り出す、

ということが多いんですね。

 

何が起こるかわからない、

からオモシロイのであって

それが自身にとっての「刺激」となり

「気づき」となり「学び」になる。

 

こんな風に思うのが、れおっちなんです。

 

しかし、よくよく考えてみると

たしかに「避けられないイレギュラー」

もあるけれど、

逆に「事前に」考えておけば

「避けられること」もあるのまた事実。

 

それをわざわざ考えずに突っ込んでいくと

いうのは、なんだかもったいない気もする。

 

目の前に「落とし穴」があると

わかっていて、

わざわざ「落ちる」みたいなもの。

 

今のれおっちは、

それはぜひとも「避けたい」と思う。

 

しかし、今のやり方(「落とし穴」の前に

来て考えるみたいなスタンス)だと

どうやらうまくいかないことが

多いように感じる。

 

というのも、「落とし穴」に気づかない、

ということが起こり得るからです。

それに、たとえ気づいたとしても、

急に目の前に想定していなかった

「落とし穴」がでてきたら

「ビックリ」してしまったり、

十分に考えられなかったり、と

「落とし穴」に落ちてしまう、

ということが起こるわけです。

 

じゃあどうすればいいか????

 

事前に決めて

おけばいい。

 

事前に、十分な時間をかけて

「こうなったらこうする」ということを

ある程度(考えられる範囲で)

決めておけばいい。

そうすれば、確かに走り出した時に

ここに来たら

「こういうことが起こるだろうな」

という想定ができるから

「落とし穴」に気づく可能性も高くなるし、

いざ「落とし穴」を前にしたときに

落ち着いて「決めておいた」対応を

すればいい。

 

何より気持ちに余裕が生まれるような

気がしてる。

 

なるほど。 

たしかに、「事前に」計画を立てる、

というのも一理あるし、

やってみたいなって思う

れおっちがいる( *´艸`)

 

実際、今まで23年間生きてきたのに

れおっちは「新年の抱負」というものを

掲げてきたことが実はなかったんです。

 

自分のウチにある想いを。

一年間かけて、

ウチに入れてきたことを通して、

「よかった点」だったり、

「改善したい点」だったり、を

言語化して、「意識」におくということを。

 

お恥ずかしいことに、

れおっちはずっとサボって来たんです。

 

しかし、大学生になってから

それはそれは本当に多くの経験を

させてもらう中でれおっちは思った。

 

「想い」を「カタチ」にすることは

ものすごく大切だ、ということを。

 

その集大成じゃないけれど、

今年は2021年の『抱負」を言語化することが

出来たんです。

 

それが

 

「『継続すること』を継続する」ということ。

 

↓ ちなみに記事( *´艸`)

shizhonglingyang.hatenablog.com

 

 

この「抱負」を掲げて早速れおっちは

その「効果」を思い知りました。

 

なるほど!!!

「抱負」(≒目標)は

「コンパス」のようなもの

なんだ!!!!

迷った時に、

そこに立ち戻ってくるための「道具」なんだ!!!と。

 

※ちなみに、れおっちの中で「目標」と「志」は区別してます!

「志」もコンパスのようだけれど、

もう少し「抽象的」なもの。

「目標」や「抱負」は、

行動に落とし込むことが出来るくらい 

「具体的」なもの。

↓ ちなみに、「志」についてはこっち!

shizhonglingyang.hatenablog.com

 

 ちなみに、確かに「抱負」があると無条件に

「あれやろう~」ってなるし、

仮に迷った時も

「いやいや『抱負』あるやん!」 

ってなってます。

 

たぶん、事前にたくさん考えて築き上げた「抱負」になればなるほど、

「耐久力」のあるものになるんだな、

って気がしてます( *´艸`)

 

 

逆に言えば、自分ですら

「意味の分かっていない『抱負』」を

自分に課したところで

それは全く意味をなさない、と思うのです。

 

これって、

要は「ルール」と同じだと思うのです。

 

「目標」はある意味、視点を変えてみると

自分に対する「ルール」なわけです。

 

そして、そこには当然「なぜ???」

という疑問が浮かぶわけで

この「なぜ」に対して、

自分が「納得」しているか、が

「抱負」や「目標」、

そして「ルール」を守っていくうえで

重要になるとれおっちは思います

\(゜ロ\)(/ロ゜)/\(゜ロ\)(/ロ゜)/

 

よくとりあえず「従う」みたいなことって

ありますよね。

 

え、だって「ルール」だし。

みたいな。

 

これってたしかに、

「やっていく中で気づくことがある」

という観点で見れば

たしかに「イミ」はあることもある。

 

でもそれって、そもそも前提に

「気づこうという意識」がないといけないと

思うのです。

 

ただなんとなく従っていると、 

それがいつのまにか「アタリマエ」となり、

ただ無批判にそれを受け入れているだけの

状態になってしまいがち。

 

れおっちは無批判に受け入れている状態は

ある意味、「歩かされている」のと

同じだと思うのです。

 

ちょっと厳しいようですが、

やはり自分のたった一度の人生なわけだから

なるべく自分が「選択」をして

自分のしたいことに「命」を燃やしたい、

れおっちはそう思うんです!

 

ちなみに、れおっちが中学生の頃

学校に謎のルールがありました。

 

「ジャージのチャックを胸元にある自身の

苗字の刺繍より下に下げてはいけない」

 

 

今考えると、「はあ?!!笑」

と笑ってしまいますが、

当時はみんな割と素直に従っていたんです、

これが。

(※ある意味カワイイ)

 

そして、その謎の「ルール」を破ると

その生徒は「不良認定」されるという

風潮があった。

 

実際、生徒間で

「なにチャック下げてるんだよ!

ちゃらいなー」みたいな会話は日常茶飯事。

 

はっきり言って、

そこには「異様」な光景があったし、

狂気すら感じていました\(゜ロ\)(/ロ゜)/

 

 

まさに

無批判にルールを受け入れる典型ですよね。

 

そして、人が「ルール」に縛られている状態が成り立ってしまっていた。

 

これはほんの一例に過ぎませんが、

結局「ルール」に対して

「納得感」を持たずに「ただ従う」と

人は徐々にそれがアタリマエになり、

そして「思考停止」する。

 

その末路が、

「ルールに縛られ、自身の人生ではなく、

歩かされた道を歩く人生となる」

のだと思うわけです。

 

ルールとは本来、そのルールに従うことで、

従う者のなんらかの「利益」を守るもの

だと思う。

 

「法律」なら「権利」だったり、

「目標」だったら、「目的」だったり。

 

ルールによって人の行動が徒に制限され、

縛られるというのは

「本末転倒」としか言えない。

 

「ルール」に従って

その恩恵を受けるためには、

ちゃんとそのルールが存在する「理由」や「背景」を知ろうとすること。

 

そして、それに従うことで

自分にとってどんな「イミ」があるのかを

疑って考えること。

 

これが「ルール」に従うための

「ルール」だと、れおっちは思うのです。

 

 

今日はここまで!

 

 

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