「れおっち」のブログ

あなたに「小さな刺激」をお届けします。

人生の恩師「和也さん」への手紙ー「想い」を受け継ぐということー

みなさんこんにちは!

「れおっち」です(-ω-)/

 

れおっちは今、

バイト前にマックに来て記事を書いています

( *´艸`)

 

今回の記事は前回の記事に引き続き、

れおっちに「夢」を持たせてくれた人、

れおっちに「愛」を教えてくれた人、

について書きたいと思います。

 

最後まで楽しんでいって下さいな♪

→ちょっと、今日は真剣に書きます。

 

 

ーーーーーはじまり、はじまりーーーーー

 

 

れおっちには3人の恩師と呼べる人がいます。

 

1人は前回紹介させてもらった「西野さん」

 

西野さんの「本」と出逢ったことで、

れおっちの人生は180度変わった。

 

世の中には、

「間接的に」

人の人生を

ここまで変えることが出来る人が

いるのか!!

 

 

衝撃だった。

 

カッコよかった。

 

憧れた。

 

自分もいつの日か、次の世代の人たちから

「あんな大人になりたい!!!」

と思われるような人になる。

 

そう志したキッカケとなった人です。

 

 

そして、今日お話しするのは、時系列的には

3番目に出逢った人について。

 

 

彼の名前は

「山口和也」

(以下:和也さん)

 

 

 

和也さんは、僕に「愛」を教えてくれた人。

そして、「夢」を再び与えてくれた人。

 

今は亡くなってしまった和也さんに向けて

今日は記事を書きたいと思う。

 

 

 

和也さんはれおっちが

散々記事にしてきた「武者修行」

を創った人。

 

3500人を超える若者に対して

「人生を変えるキッカケ」を創り、

そしてその姿を通して

「愛」を示してきた人。

 

 

今でこそ、れおっちは少しは

ソトにベクトルを向けて

毎日を過ごせているように思えるけれど、「武者修行」に参加した

約2年前の時点ではまだまだ自分にばかり

ベクトルが向いていた。

 

 

というか、

自分にベクトルを向けるので精一杯だった。

 

れおっちは幼い頃から、母親に育てて

もらってきたのだけれど

母はれおっちや弟のために一生懸命働くので精一杯だったし、

そのおかげでここまでれおっちも生きて

これた。

当然、それに対して感謝してもしきれない。

 

ただ、その一方で母は仕事のストレスを

友人と飲みに行ったりして

晴らしていたので、れおっち自身かなり

寂しい思いをした記憶があります。

 

今でこそ、母の状況はもちろん理解

できるし、

「仕方ない」の一言で片づけることは

できるけれど、

当時のれおっちにとってはそんな

「大人の事情」なんて

わかったもんじゃない。

 

 

れおっちはただ、

「愛」が欲しかったんです。

 

結局、大きくなるにつれてどんどん

「習い事」やら

「塾」やらで、余計に忙しくなっていき

母とコミュニケーションをとる時間は

ほとんどなく、今に至ります。

 

 

れおっちは親の愛情を感じ取ることが

出来ずに育ちました。

 

 

そんなこんなで、

れおっちは「家族」という最初に属する

コミュニティの中で「居場所」がない、

「愛情」を受け取れない、

と感じながら幼少期を過ごしました。

 

「ウチ」にそれらがなかったれおっちは

段々と

「ソト」に「居場所」だったり、

「愛」だったりを

求めるようになって行きました。

 

「学校」に通うようになったれおっちは

それはそれは色んな「組織」

「コミュニティ」に関わりました。

 

「習い事」だけでも10以上、

「部活」やら「委員会」やら。

 

その中で一つ

「居場所」について気づいたことが

ありました。

(これはまた別記事で詳しくは書きます)

 

ただ、

どこかに属したとしても

「属してない」

と感じることがある

 

ということ。

 

色々属していく中で、

「居場所じゃない」って感じたり、

あるいは「たまたま」自分にとって

「居場所」だと感じることが

できたりもした。

 

その中で見出した結論だった。

 

そして思った。

 

「たまたま」属していると

感じられたとしても、

それじゃあ「運任せすぎる」と。

 

大学に入ってから、

れおっちは高校まで抑えてきた

「やりたいこと」に飛びつくかの如く、

思うがまま、やりたいがままに、

毎日を過ごしていました。

 

 

その一つが「英語」だった。

 

英語をコミュニケーションとして

扱えるようにして、

もっともっと、自分の世界を拡げたい!

 

そんな想いでとにかく、

「英語」にたくさんたくさん触れた。

 

オモシロイことに、

好きなことを無我夢中でやっていく中で

自然と自分の周りには

「英語」をキッカケとした仲間のような

存在が増えていた。

 

そして、そんな仲間の前では不思議と

「ありのまま」の姿でいられた。

「居場所」があった。

 

そんな日々を2年ほど過ごした頃には

れおっちは大学入学前に志していた

「英語をコミュニケーションツールとして

扱えるようにする」

という一つの目標を達成していた。

 

れおっちはそこから、大学2年時に途中から入った英語サークルに

全力コミットするようになっていきます。

 

半年ほど活動した頃、

サークルの幹事長からこんな声を

掛けてもらいました。

 

「れおっちくん、

幹事長やってみない??」

 

 

「やらせていただきます!」

 

即答だった。

 

 

(このサークルのことも別記事で詳しく

書きます)

 

 

ここで、れおっちは初めて

既存のコミュニティを「受け継ぐ」という

ことを経験した。

 

それは一言で言うなら、

 

「想い」を

「受け継ぐ」

ということだった。

 

 

初めての経験だったから、

はっきり言って、わからないことだらけ。

しかも、サークルメンバーは

日本、韓国、中国、ベトナム、タイ、台湾、フランス、、、

といった感じでまさに「多様性」が前提に

ある場だった。

 

当然、サークルメンバーともケンカしたりもした。

 

その中で、れおっちなりに導き出した答え

があった。

 

 

前の幹事長の「想い」を尊重したうえで、

そこにれおっちなりの「想い」を

混ぜ合わせる。

 

そうすることで、

それはもともとあったコミュニティを

存続させることにもなるし、

れおっち自身が創っていく場にもなり得る

ということ。

 

 

 

さて。

 

話は変わって、

大学2年の春休み。

つまり、大学3年生を目前にしてれおっちは「武者修行」に参加した。

 

その中で、れおっちは思い知らされる。

 

自分はベクトルが

自分ばかりに

向いている。

 

 

人の話を聴いているのではなく、

聞いている。

 

相手の「ことば」を自分の「ことば」に

すぐ置き換えてしまう。

 

話の途中で自分の言いたいことを

言ってしまう。

 

言われたよね。

 

 

れおっちは自分にしか関心がないの???

 

 

 

今のれおっちがどうあれているかは、

わからない。

 

もしかしたら、

何も変わっていないかもしれない。

当時のれおっちを知っているみんな、

どうかな??

 

れおっちは少しは前に進めてるかな?

 

それは周りのみんなが判断すること。

 

 

なぜだ??

 

なぜ、自分はそんなにもウチにばかり

矢印が向いてしまう

のか。

 

死ぬほど考えた。

 

死ぬほど向き合った。

 

逃げたかった。

 

考えるのを

止めたかった。

 

苦しかった。

 

ずっと自分が嫌い

だった。

 

 

 

あれから2年。

 

考え続けて、

やっと自分なりの結論が見つかった。

 

 

今まで、

自分の「過去」と

向き合わなかった

からだ。

そして、自分で自分の「過去」を

受け入れて

いなかったからだ。

 

 

だから、自分は常に無意識的に、

自分に矢印が向いてしまっていた。

 

ソトに矢印を向ける「余裕」なんて

当然なくて、

自分では「ソト」を視ているつもりでも

それは結局自分側に引き戻されてしまって いた。

 

 

お前は「まだ」ソトを向ける段階にいない

 

 

自分で自分の居場所を創れ。

 

 

そして、

自分で自分を愛せ。

 

 

 

「愛」を知らなかった、

れおっちは

ずっと

「愛」を探していた。

 

「愛」とはなんだ?

 

どうやって人を

「愛する」んだ?

 

 

愛してくれ。

 

誰か、

自分を愛してくれ。

 

 

そうやって、ソトから

愛されることを渇望していた。

 

でもわかったんだ。

 

 

和也さんという、

「愛」の体現者と

関わることが出来て。

 

和也さんに「愛」を

注いてもらうことが出来て。

 

そして、

自分よりも大切にしたいと

思える存在と出逢えて。

 

えりなと出逢えて。

 

 

「愛」は受け取ろうとするものではない。

自らが与えるものだ。

 

 

と。

 

 

 

和也さん。

 

和也さんは僕に、

そして、たくさんの「武者生」に。

 

本当に大切なことを教えてくれたんですね。

 

 

ありがとう。

 

 

そんな和也さんの築き上げた「武者修行」

自体を

たくさんの人に知ってもらいたいと、

武者のインターンを半年やらせて 

もらいました。

 

結果6人の人生に一つ、キッカケを届けきることが出来ました。

 

でもね、和也さん。

 

 

れおっちが本当にやりたかったことは

そこじゃなかったんです。

 

「武者修行」の中にアタリマエのように

あった光景、

 

お互いを受け入れ

合おうとする文化

 

これを日本に、世界に、根付かせること。

 

これが僕の「夢」です。

 

「武者」の中にはアタリマエにあるけれど、

それはそこからでてみると、

アタリマエじゃなかった。

 

和也さんがそれをアタリマエにして

下さってたんですね。

 

本当にありがとう。

 

 

片親に育てられてきたれおっちは

世間一般で言う「男」というものが

わからなかった。

 

追いかける「男像」が身近になかった。

 

だから、

「男のくせに」という言葉で何度も何度も

心をズタズタにされてきた。

 

わからない。

 

自分には「男」なんてわからない。

 

なんだよ!!世間一般の「男像」が

アタリマエにあると軽々しく思うなよ!!!

 

 

苦しかった。

 

でもね、そんなアタリマエに

負けたくなかった。

 

だから、僕は自分で「男像」を創っていく

ことにした。

 

ないことに目を向けるんじゃなくて、

ないんだったら、

ゼロから創っていけばいいじゃないか。

 

そうやって。

 

自分を奮い立たせて創ってきた。

 

 

片親という環境に感謝しなければ

いけません!

 

だって、そのおかげで僕はそういう

「ラベル」で物事を観なくなったから。

 

「性別」だとか、「年齢」だとか、

「出身」だとか、「身分」だとか、

 

関係ないじゃないか。

 

そういう「ラベル」で人や物事を

観なくなった。

 

「ありのまま」を観ようとするように

なった。

 

 

そして、「居場所」というものに

散々苦しんできた

僕だからこそ、「武者」にあった

アタリマエがアタリマエじゃないと思える。

 

 

和也さん。

 

僕は和也さんがアタリマエにして 

下さっていた

「お互いを受け入れ合おう」とする文化を

日本のアタリマエにしてみせます。

 

それがキッカケとして、

世界のアタリマエになったらいいな。

そんなって心から思うんです。

 

 

和也さんの「想い」に

僕の「想い」を混ぜ合わせて、

僕なりの「花」きっと咲かせて見せます。

 

 

和也さん、

最後にお願いしていいですか??

 

もう十分すぎるほど、与えてもらったのに

おこがましいのですが、

僕のことずっと見守っててください。

 

 

 

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