「れおっち」のブログ

あなたに「小さな刺激」をお届けします。

「協調性」を履き違えるな!-民主主義の罠ー

 

みなさんこんにちは!

「れおっち」です(-ω-)/

 

本日は入院3日目です。

今日は検査が一番慌ただしい日でして、

朝5時からてんやわんや、、、

 

現在やっと落ち着いてきたところです(*´Д`)

 

 

さて。

 

今回は以前から「いつか記事にしよう」

と温めてきたことについて

記事にしてみたいと思います(゚д゚)!

 

 

 

みなさんにも関係のあるお話なので、

これを機に「良いキッカケ」だと思って

一緒に考えてみてください(-ω-)/

 

 

 

テーマはこちら!!!

 

「協調性」について。

 

 

 

あなたは「協調性」という

言葉を聞いて

どんなイメージを持ちますか??

 

 

 

日本という国は「協調性」という言葉が

よく叫ばれる国の代表に思えますが、

実際問題「協調性」って

なんなんでしょうか?

 

一度踏みとどまって考えてみたことは

ありますか??

 

 

れおっちは実はこの「協調性」という

概念について中学生頃から

ずーーーーっと考えてきました。

 

 

なぜならば、現代一般的に叫ばれる

「協調性」という言葉に対して

違和感しか覚えなかったからです。

 

 

「協調性」という言葉が用いられるのは

往々にしてある組織、あるグループ、

あるコミュニティの中において。

 

 

僕らが真っ先に「協調性」という概念に

触れるのは恐らく「学校」という

組織内においてが最初になる可能性が

高いように思います。

 

個々の学校には様々な

「ルール」のようなものが存在して、

生徒はその「ルール」に従うように

「教育」されます。

 

いや、あえてここでは

この言葉を使いましょう。

 

「ルール」に従うように「調教」されます。

 

※「教育」に関して語ると言葉遣いが

少々荒っぽくなることをご了承ください。

思うところがありすぎて抑えられないんです(*´Д`)

 

 

そして、学校ではその「ルール」から

外れようとする者を「異端」として扱い、「フツウ」へと導かれていきます。

 

これは日本社会の縮図と言っても

過言ではなく、日本ではこう称されます。

 

「『和』を乱すな」

 

 

そしてここで登場する

『和』という概念こそ、日本における

「協調性」と密接な関係にある概念。

 

ここで話を進める前に、

れおっちの立場を明らかにしておきます。

 

れおっちは基本的に

現代の文脈で使われている

「協調性」という言葉を

「偽りの協調性」だと考えています。

 

そして、それはまさしく

「民主主義」すら「偽りの民主主義」

がはびこっている、ということでもある。

 

一体何を言っている

んだコイツは?!!

 

 

 

一歩ずつ進めていきます(*´ω`)

 

 

まず、れおっちの考える

『協調性』とは

「ある集団において、

そのメンバー各位がその集団に属しやすくするための

行動をしようとするあり方」

のことだと考えます。

 

一言で言うなら

 

「自分たちの居場所をよくしよう!」

という気持ちのこと。

 

これが『協調性』の正体。

 

これはれおっちが高校生の頃の話。

 

高校生の秋ごろに催されるイベントと

言えば、

「文化祭」が思い浮かぶかと思います。

 

そして、その「文化祭」ではクラスごとに

「話し合い」を通して

「出し物」を考える場面がある。

 

それぞれのクラスメンバーとより良い

「出し物」を創って

みんなの最高の思い出にしたいなぁ!

 

そんな風にれおっちは考えていました。

 

いざ、「話し合い」の場になり

いくつかアイデアがでてくるわけです。

 

「お化け屋敷」だとか「カジノ」だとか。

 

僕もいくつか出しました。

 

さて問題はここから。

 

現代における

「意思決定」はどんな方法で

なされることが多いでしょうか??

 

 

そうです。

 

 

「多数決」

 

 

これが主な「意思決定」の

代表格だと言えます。

 

ちなみに、僕は案を出す際に

「このクラスはダンス部が多いから

それを活かして〇〇は?」

といった感じで「クラスらしさ」

だったりを考慮して発案。

 

が、しかしアイデアのほとんどは所謂

「文化祭と言えばお化け屋敷っしょ」

のような慣習的なものが多かったです。

 

投票の結果、

「文化祭らしい『カジノ』」ということに

決定。

 

ここで僕は食い下がらなかったんです。

『カジノ』に対して、

ではなく「決め方」に。

 

「もっとちゃんとみんなで

話し合って決めようよ!」と。

 

するとある人が言いました。

 

「お前『協調性』ないこと

言うなよ」

 

 

当時を振り返ってみて思うことは、

まずは僕自身がそうやって言ってくる

彼らに屈してしまったこと。

簡単に諦めて、自分の思っていることを

伝わるまで伝えようとする気概が

なかったこと。

 

ここに関しては自分の行動に腹が立ちます。

 

しかし、いやいやちょっと待てよ!と。

「協調性ない」は聞き捨てならないよ??と。

 

※細かくてごめんなさい(笑)

こーゆーとここだわりたい質なんです。

 

テキトーに惰性的に、

考えることを放棄しているやつらよりも

少なくともこのクラスのことを考えて

行動してるぞ???

 

あなたたちが

主張しているのは

「数に屈しろ」という

「同調性」に他ならなく、

「協調性」から程遠い行為

だよ!!!!

 

 

この言葉が当時の僕には

しぼりだせなかった。

 

そこまで、自分の想いを

言葉にする力がなかった。

 

 

非常に悔しい想いをしたのを覚えています(笑)

 

たしかに「話し合い」をすることは

「めんどくさい」ことなんだと思う。

時間もエネルギーも使うからね。

 

でもさ、だからこそその「話し合い」の末に視える世界って綺麗なんじゃなの??

 

って僕は思うんです。

 

「効率」ばかりが重視される現代において、

恐らく「思考する」ことを放棄した人って

けっこう多いと思う。

 

楽できるなら、楽したい。

 

そんな人が多いと思う。

 

でもさ、なんでもかんでも「速ければ」

いいわけじゃないでしょ。

 

僕はこんなふうに、

めんどくさいって言われるかもしれない。

思われるかもしれない。

 

でも、ぼくはやっぱり考え続けたいし、

農業で弥生時代からそれこそ、

「協調」して生きてきた日本人として、

真の「協調性」を忘れずに生きていきたいなって思うんです。

 

 

今日はこの辺で♪

 

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