「れおっち」のブログ

あなたに「ちいさな刺激」をお届けします。

あなたの何気ない日常に非日常をお届けするブログという名のキッカケ。

「質問箱」を懲りずに開設し続けるワケ。

みなさんこんにちは!「れおっち」です(-ω-)/

 

大変ありがたいことに復活して間もない

僕の記事を既に100人以上の方が

貴重な時間を使って読んでくれている事実にとても嬉しい気持ちでいっぱいです。

 

この場を借りて伝えさせて下さい。

あなたのような存在が一つあるからこそ、「また書こう!」と思える。

勇気をもらえる。

 

本当にありがとう。

 

 

そんなわけで今日も筆を取りたいと

思います(*´з`)

 

 

さてさて。

今回の記事では僕が今年の4月頃かなあ?

本格的に始めてみた「質問箱」というツールについて、ちょっと思うところがあるので

一旦まとまった「ことば」にしてみようと

思います。

 

 

そもそも、あなたは「質問箱」というツールをご存知でしょうか??

 

f:id:shizhonglingyang:20210913181649j:plain

↑ネットから引用させていただきました

 

 

 

こんな画像を見たことがもしかしたら

一度はあるかもしれません。

 

「質問箱」とはザックリ言うなら、

質問したい人に匿名で

(自分は名前を伏せて)気軽に質問することが出来るというツールです。

 

回答者はSNSのアカウント

(主にツイッター)と連携しておくことで

誰かから質問が来た際に通知を受け取ることが出来ます。

 

その通知を開くと質問内容を

読むことができるといった具合なわけです。

 

 

そんな「質問箱」を

僕は4月頃から始めてみたわけなのですが、

元はと言えば僕の通う明治大学

情報コミュニケーション学部の後輩たちを

少しでも手助けがしたい!という想いで

始めたのがキッカケでした。

 

いやだって、

コロナでオンライン授業になっちゃって

今の大学1,2年生はほとんどキャンパス

ライフを味わえていないわけですよ。

 

授業だけじゃなくて、

サークルも所属できなかったり、

施設もよくわからない状況にもなる。

 

当然、

仲の良い友人だって中々築けないだろうし

ましてや先輩との交流だなんて

もっと難しいだろうなぁって。

 

いくらオンラインで説明会が催されたり、

資料を添付されたってぶっちゃけ 

「知るか!!!」っていうのがホンネだと 思う。

 

 

そんなことを漠然と感じていたのが

僕が一年間学費を貯めるために休学して、

さあ復活するぞ!となっていた3月頃の話。

 

 

そんな矢先、ツイッター上で後輩のために

活動している知り合いの存在を

目にして思ったんです。

 

「とりあえずなんでもいいから、行動してみよう!」

 

で、パッと思いついたのが恐らく抱えているであろう大学生活に関する

ありとあらゆる不安を一つでも取り除けないか?ということだった。

 

そこからツイッターのアカウントを

後輩たちに認知してもらえるように

改造し、そして連日告知をすることだった。

 

「何か困ったことあったら

気軽に何でも聞いてね!」

 

 

 

そんなツイートを狂ったようにしていたら、

春学期の時間割決めあたりくらいからかな?

 

 

鬼のような相談メッセージが届いた。

 

あの頃はたぶん一日あたり50件から80件

くらいかな?

「質問箱」だけで回答してたと思う。

 

その様子を受けて、思ったよね。

 

「あーみんなやっぱり不安

なんだなぁ」って。

 

それと同時に思った。

 

 

「あーとりあえずだけど、

行動してよかったわー」

って。

 

 

時間割登録の期間が過ぎ去り、

少しずつ勢いが止むと思いきや

そこから毎日オモシロイ現象が起こった。

 

 

何も告知をしなくても、多い時は20件。

平均して一日あたり10件の質問が毎日滞る

ことなく寄せられるようになったのです。

 

質問内容はホントにありとあらゆる分野に

わたる。

 

れおっち自身のプライぺーとに纏わる

質問だったり、

〇〇についてどう思いますかー?

と言った類のものだったり、

ひいては、恋愛相談・人生相談

といったことまで。

 

後輩たちと思われる内容も多かったけれど、

明らかに年上の方かな?と思える内容

だったり、知り合い??(笑)って

思えるものもあったり、

色んな人が質問してくれるように

なったんです。

 

 

ちなみに、

現在は累計1600件まで来ていて

ホントにコンスタントに質問が10件ほど

寄せられるといった具合です。

 

 

ここからが本題になるわけなのですが、

中には質問というよりわざわざ「お礼」

のコメントだったり、「ファンレター」

というと大袈裟かもしれないけれど、

そういった類のメッセージも届くように

なったんです。

 

#いやホントにありがとうございます

#ファンレター的なものに関してはガッツポーズあげながらジャンプして喜んでます

#もっとファンレター下さい

 

 

と同時に目立ってきたのが所謂

「アンチコメント」のようなもの。

 

いちいちツイートしたものについて、

「〇〇って言ってましたが、

オカシイと思いまーす」だとか。

「ポエムみたいなツイートしてますが正直

イタイでーす」だとか。

 

明らかに挑発的な口調だったり、

イラついてる?(知らんけど)

みたいな口調でブーブー言ってくる人も

結構増えてきたんです。

 

 

#いやおい暇かよ!

#いやあの関心持ってくれてありがとう?

#いやあの豆腐メンタルなんでやめてくださいまじで(泣)

 

 

で、昨日かな?

流石にそれはアカンやろ!!!

 

って個人的に思うような質問が寄せられたので若干反撃に出たんです。

 

#クッソー同じ土俵に立っちまったぜー

#いやあのほんとにイラっとしたねうん

 

 

正直、ここにその質問ごと丸々乗っけてやろーかな?

んでもって、

徹底的に論破してやろうかな???

 

そんな下衆な自分がいるのも事実です。

そこは認めます。はい。

 

でもね、それは正直したくない。

これもまた僕のホンネなんです。

 

#でたー!!

#アンビバレントや!!!!

#ジレンマや!!!!

#板挟みや!!!!!!

 

 

一旦一日置いて、冷静に考えてみても

やっぱりそんな記事を書きたくなんて

ないんです。

 

じゃあどうすっかなー??

 

 

その答えは自分の中にあった。

 

ここは自分らしく、

真っ直ぐ伝えよう。

 

 

ここまで前置きが長くなりましたが、

最後に改めて僕がどんな想いで

「質問箱」や「ブログ」を続けているか

について少々。

 

 

一言で言うなら、「質問箱」も「ブログ」も僕は同じだと思っているんです。

 

どちらも「キッカケ」だよなって。

 

 

まぁ、もちろん「ブログ」は僕発信で

僕から外に向けられるもので、

「質問箱」は相手発信でそれを受けた僕からの相互活動という点は違うのだけれど。

 

とにかく、どちらも「キッカケ」である点は同じだと僕は思っているわけです。

 

「キッカケ」???

抽象的でフワフワしてわからんよ!

 

と思うかもしれない。

 

少し傲慢に聞こえるかもしれないけれど、

僕はこんなって思ってる。

 

「あなたの世界を

変え得るキッカケ」

 

 

これは僕自身がそのたった一つの

「キッカケ」で大きく影響を受けたことが

バックグラウンドにあります。

 

 

あなたにはたった一冊の本が今まで

自分が視てきた世界を(良くも悪くも)

ぶっ壊して全く異なった世界を魅せられた

経験がありますか?

 

僕にはそんな

「キッカケ」が”たまたま”訪れたんです。

幸運なとことに訪れてくれたんです。

 

 

衝撃だった。

 

人っていうのは、こんなにも人に影響を 

与えることが出来る存在なんだ!!!

しかも、当の本人は目の前にいない!!!

「本」という小さなモノに閉じ込めた、

その人の分身が、想いに触れただけで

こんなにも影響を与えうるものなのか!!!

と。

 

 

率直に憧れた。

 

自分もそんな人になりたいし、

そんな人でありたい。

 

そう強く思った。

 

それから、僕自身も本当に色んな

「キッカケ」の中で本当に色んなことを

観たり、聴いたり、体験したり。

 

とにかく色んな世界を

自分にできるだけさせてもらった。

 

いや、正確に言うなら

「キッカケ」をたくさん

創ってきた。

 

 

その中で一つわかったことがある。

 

それは僕らが何気なく観たり、

聴いたり、体験したりしている

日常の様々な「キッカケ」たちの裏側には

必ず「人」の存在があることを。

 

必ずその「キッカケ」を創ってくれる

「誰か」の存在があるということに。

 

僕らはアタリマエに思い、慣れてしまうと

そのアタリマエに安住する生き物だ。

 

それがヒトという生き物なのかもしれない。

 

それでも、僕はそんなアタリマエをあえて

疑い続けたい。

その本能なんかに

自分の人生をコントロールさせたくない。

 

ちゃんと「ありがとう」の気持ちを持って

生きたい。

 

「ありがとう」をカタチにして生きたい。

 

だって「キッカケ」があるのは

アタリマエじゃないんだから。

 

人と人とのつながりが前提(アタリマエ)にあるから。

 

僕らは日々色んな体験が出来て、

本当に色んなことを感じることが出来る。

 

それに「キッカケ」っていうのはさ、

誰かが創ってくれるからあるという意味でも「アタリマエ」じゃないのにさ、

さらにその「キッカケ」に自分自身が

ありつけるかどうか、でさえ「アタリマエ」じゃないって知ったんだよね。

 

みんながみんな平等に、同じだけ、

その「アタリマエ」を享受しているわけ

じゃないってこと。

 

 

だったらさ、せめて自分がその

「アタリマエ」に触れられて

何か得たんならさ、還元したいじゃん!

何らかの「キッカケ」にしてさ。

 

そうやってカタチにした「キッカケ」が

また誰かにとっての「キッカケ」になるんでしょ?

 

そうやって僕ら人間は助け合ってるん

じゃない?って僕は思うのです。

 

 

だからさ、「ブログ」ってカタチだったり

「質問箱」ってカタチだったりさ、

カタチは違うんだけどやってるんよね。

 

それが僕が日々色んなことを感じさせて

もらって、色んなことに気づけたり、

学んだりさせてもらってることに対する

「感謝の気持ち」なんだよね。

 

「ありがとう」にカタチを与えたいんよね。

 

あとはさ、自分には自分にしかない

「色」があるわけで。

 

その「色」をそのカタチに塗って届ける。

 

絶対に自分にしか観えない世界があるし、

逆にあなたにしか観えない世界もある。

 

だったら

お互いにその世界をシェアし合えれば、

色を混ぜ合わせあえたらさ、

もっとオモシロイ世界になるんじゃない

のかなって僕は本気で信じてるし、

これからも信じ続ける。

 

 

長くなっちゃったから、最後に一言。

 

ここまで

あなたの貴重な時間を使って読んでくれて

 

ありがとう!

 

 

今日はこの辺で♪

 

 

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