「れおっち」のブログ

あなたに「ちいさな刺激」をお届けします。

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過去の!「れおっち」の恋愛物語④ー「無」よりも「陰」や「影」を見てみようと思えた話ー

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みなさんこんにちは!「れおっち」です(-ω-)/

 

今回は先日の「恋愛物語」に引き続き、

所謂「恋バナ」をしていこうと

思っているのですが

自分で記事を眺めているとめちゃめちゃ

わかりづらい順番で記事を書いているなあ、と苦笑い。

 

 

#すみませんでした

#その時の気分で書いたりするので順序も

クソもないんです

 

 

ここで今までの順番を時系列順に並べ替えて一応貼っておくのでご容赦を!m(__)m

 

 

↓ 小学生のお話

shizhonglingyang.hatenablog.com

 

↓ 中3のお話

shizhonglingyang.hatenablog.com

 

↓ 高2のお話

shizhonglingyang.hatenablog.com

 

↓ 大好きなえりなとのお話

(僕個人としてはえりなさえ良ければずっと一緒に居ます)

shizhonglingyang.hatenablog.com

 

 

 

 

こんな感じです!(笑)

 

あの、一応弁明させてください!!

(誰にとは言わない←)

 

なんで「過去の恋バナ」なんてするの??

って思うかもしれないのだけれど、

これにはちゃんと僕なりのイミが

あるわけでして。

 

真面目な話、イマの自分があるのは

カコがあるからだよねって話

だと思うんです。

 

よく言われる話だけれど、

これに関しては本当にそう実感する。

 

ただ、「なんとなくの思い出」だとか、

「なんとなくの記憶」にしてしまうのは

本当に勿体ないって思うんです。

 

基本的に振り返りだなんて、

メンドクサイし、エネルギー使うし、

バカバカしい。

 

そんなん意味あるの??

 

そんなって思うかもしれない。

 

でも、「体験」をちゃんと「自分なりの

ことば」にして言語化することで

その時のどんな体験がイマに繋がっているのかというのを「実感」を持って

意識できるようになる。

 

その意識があるのとないのとでは、

「イマ」を大切に思えるかどうかに

とても大きな影響があるんじゃないかって

僕は思うわけです。

 

今、僕がえりなのことをとても大切だって

心から思うのは間違いなく「今まで」が

あったからで、その「今まで」を

ムダにしないでイマに活かそう!

 

そんな意識で日々を過ごしているから

なんじゃないかなあ?

 

僕はそう信じています。

 

だから、せめて文章でだけでも

「感謝の想い」を残したいんです。

 

カコの時間がイマの幸せを

創ってくれてるんだな。

ありがとうって。

 

 

そんな想いで今回も記事を書きます!!

 

 

今回は時系列で言うところの

中2の頃のお話。

 

 

最後まで楽しんでいって下さいな♪

 

 

ーーーーーはじまり、はじまりーーーーー

 

 

 

今の僕はそれこそ、何か思ったら行動して

みたり、「ことば」にして伝えてみたり。

 

当然のように日常の中で出来ている

自分がいたりする。

 

でも、あの頃のボクにはそんな些細なことが「アタリマエ」じゃなかった。

 

今思えば、「自分がどう感じているのか」「何を考えているのか」を

ソトの世界に出すことの重要性を

あの頃のボクは全くわかっていなかったんだと思う。

 

 

 

それは今から10年くらい前、

僕が中学2年生だった頃のお話。

 

クラス替えが行われて、

記憶が正しければ2年5組の一員になった僕は

比較的大人しい奴だったように思う。

 

これはまた別の機会に詳しく触れるけれど、

小学校から通っていた塾での「ぼく」と

学校での「ボク」ではしばしば

様子が異なっていた。

 

つまり、

「仮面」を被っていたのかもしれない。

 

「大人しい」というのはそういうイミで、

塾でのぼくはクラスのムードメーカー的

存在だった。

 

良く言えば「明るい奴」で、

悪く言えば「ウルサイ奴」だった。

 

いったいどちらの僕が

本当の自分だったのだろうか。

 

正確なところはわからないけれど、

もしかしたらどちらも「本当の自分」だったのかもしれない。

 

いや、どちらも「偽りの自分」だったのかもしれない。

 

少なくとも当時は塾での自分を

「本当の自分」だと思っていた節がある

ため、中学校生活をあまり楽しめないで

いたように思う。

 

→少なくとも中学1年生の頃は「自分」を中々出せないと感じていた。

 

中2になってからも最初のうちはあまり 

馴染めなかったような気がするけれど、

徐々にボクの周りには居場所が出来上がっていった。

 

そのキッカケを今になって分析するなら

「恋愛」にあったように思う。

 

 

「恋人がいる奴が上」

 

これはどの界隈にも一定存在する共通認識というか、この世の中のルールというか、

「恋人あり」か「恋人なし」かで言ったら、まず間違いなく前者の方が社会的

ステータスは高く見なされるように思う。

 

その傾向は中学生の中でも、

顕著だった気がする。

 

まあ、当時のボクはそんな自身の取り巻く

状況を言葉で説明できるほど

言語化ができるわけじゃなかったからなんとなく「居心地よくなったな」

程度にしか思えていなかったんだけど。

 

「なんとなく」をちゃんとした

「言葉」にする力って本当に

生きるうえで大事だと思う。

 

それができるかどうかで、

見ている世界の解像度も変わってくるし、

享受できる情報量も変わってくる。

 

とにかくそんなって、自身の力で「居場所」を見出したというよりは

たまたま「彼女が出来た」ということで、

結果的に「居場所」ができあがっていった。

 

 

その「彼女」について。

細かい経緯ははっきりとは 

覚えていないのだけれど、

ボクが「付き合ってください」という

メッセージを送ったことで

Yとは付き合うようになった。

 

Yはクラスの学級委員をしている子で、

とても大人しくて

真面目なタイプだったように思う。

 

当時の自分は本当に漢らしくないなあ、

と今なら思うけれど

「付き合っている」という事実を

あまり人に知られたくなかったため、

公言しないようにしていた。

(小学校の時から色んな人に知られてよく

からかわれていたのがイヤだったらしい)

 

まあ、結果的にそうやって

コソコソしていたからバレた時に

拡がったんだと思うけれど。

 

ほら、人って禁止されるとしたくなる!

みたいな感情あるさ?

たぶん、隠されると知りたくなって

詮索したくなるんだよ、うん。

 

今でこそ、「えりな大好き!」って

本人に日常的に伝えることはもちろん、

こんなって誰が読むかもわからんところに

公言できるけれど

(だってさ、好きな人に対して「好きだ」という気持ち伝えることと

自分自身の恥ずかしさみたいなちっぽけな感情どっちが大事?って話だと思うんよ。)

 

とにかくこの時は「他人の目」というものをモノサシにしてばかりいたよなあと

カコを振り返る。

 

 

Yとは別に仲が悪かったとかは一切ないし、何度か遊びに行ったりもしたけれど

正直なんで付き合えたのかな?と思うほど「関係性」というものが表面的なもの

だったなあと思う。

 

いや、自分が全然「人とのコミュニケーション」をわかっていなかったなあって。

 

結局カタチだけ、

「恋人」を装っていたとしても

その内実、「相手を知ろう」としたり、「自己開示」をしたり、

そういう「姿勢」というか、

スタンスがないといくら時間をかけても、

その関係性は空虚なものになってしまう。

なってしまう、というかそこに積みあがる

ものがないっていうのかな。

 

まあ、中学生にそんな本質的なことを

迫らなくても、、、(笑)

楽しけりゃいいやん!(笑)

 

で全然イイ話ではあるのだけれど。

 

あえて、真面目に当時を振り返るのなら

そんな風に思うのです。

 

結局、その関係性は可もなく不可もなく、

という感じで中三のクラス替えを境に

自然消滅することになった。

 

半年という「恋人期間」はあっけなく

終わってしまったのです。

 

正直、何の「話し合い」もなく

終わってしまったこの関係について

あまり向き合いたくないというか、

気まずいというか、

そういった感情を抱いている自分がいる。

 

だから、

今まで「誰か」に開示したこともなければ

開示する必要性もないと振り返りすら

してこなかったんだと思う。

 

 

ただ、今回こんなって機会を創ってみて

もちろん「苦い思い出」ではあるの

だけれど、

このカコから創られている自分の一部が

あることを認識することができた。

 

 

強く何かに想いが入っている時、

その裏側には

「真逆の体験」や「真逆の感情」が 

隠れていることが多いように思う。

 

「あぁ、あの時の自分ダサかったなあ。」

 

「せめてちゃんと話をすればよかったなあ。」

 

 

そんな「陰」の部分があるからこそ、

「陽」を大切にしようと思えるのではない

だろうか。

 

「影」があるところにしか、

「光」は見出せないのかもしれない。

 

大事なのはその「陰」や「影」の存在を認識すること。

目を背けていたら確かに「陰」や「影」を 見ずに済むかもしれない。

しかし、それは同時に「陽」や「光」を

見落とすことにもなるのかもしれない。

 

 

カコの「色」はイマに塗り足すことが

出来る。

 

汚い色だったり、くすんだ色だったり、

嫌いな色かもしれない。

 

綺麗で、澄んで、好きな色を選びたくもなるだろうけれど

たまにはそんな色を混ぜてみるのもイイ

のかもしれない。

 

きっとそこには深みのある色が

見出せるだろう。

 

 

そんな風に思えたのはやっぱり、あなたとのカコがあったからなのかもしれない。

せめてここに記そう。

 

ありがとう。

 

 

 

今日はこの辺で♪

 

 

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