「れおっち」のブログ

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いざ!クリエイティブスクールへ参る。ーラテラルシンキングー

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みなさんこんにちは!「れおっち」です(-ω-)/

 

さて、本日は久々にこのお話。

 

クリエイティブスクールについて。

 

※今までのスクールのお話はこちら↓

 

shizhonglingyang.hatenablog.com

shizhonglingyang.hatenablog.com

shizhonglingyang.hatenablog.com

 

 

週に一度のクリエイティブスクールで、

4か月間だから現在折り返し地点を迎えた

ところ。

 

正直言うと、思うように自身の生活の中に

活かすことが出来ていなくてモヤモヤだった

り、自身に対するイライラだったり様々なものを抱えていて順風満帆とはいかない。

 

とはいえ、あと半分あるわけでその時間を

どう使うかだったり、

これまでを振り返り、

そこから自分なりのイミづけを施すことは

これからもできる。

 

焦らず、長期目線で、

そして一つを丁寧に昇華しよう。

 

そんな想いで今日も記事を書いてみる。

 

 

今回自分にとってじっくりと考えてみたい

テーマは所謂ラテラルシンキング

というもの。

 

最近本当に多いよね。

なんたらシンキングだとか、

なんたら思考ってやつ。

 

正直横文字で表したりするの

あんまり好きじゃないんだけれど、

ただ、一つの考え方・モノサシとしては

オモシロイと思う。

 

今日はこの「ラテラルシンキング」について少々深めてみたい。

 

※ちなみに対を成す概念としては

「ロジカルシンキング」が挙げられるみたい

 

 

「ラテラル(lateral)」と言えば

れおっちは一応中学時代バスケをやっていた

こともあり、「ラテラルパス」という用語が

思い浮かぶ。

 

※当時は意味を考えたことなど1ミリたりともありませんでした

 

それってどんなパスだったっけ??

と思い浮かべてみると、自身の真横方向に

いるチームメイトに肩を使わずして

腕と手首のスナップでボールを

真横に投げるパスだったなー

という画が想起される。

 

てことは「ラテラルって『横の』的な意味

かなあ?」と考えられる。

 

実際に調べてみるとまさに

「横の」という意味で、

つまり「ラテラルシンキング」とは

「水平思考」とでもいうべき考え方

であることがわかる。

 

※水平でパッと思い浮かぶのはhorizon

だったけど!!!

 

でもだとしたら、ロジカルシンキングは

「垂直思考」になるわけで

だったらverticalじゃね?!!!

とツッコミを入れたくなってしまうのは

受験英語をそれなりにやってしまった

ある種の弊害なのかもしれない。

 

#ちなみにモンストやってた人も

ヴァーティカルレーザーからわかるよね?

#あのほらアーサーとかからタテとヨコに

ビーッとでるやつ!

#マニアックでスミマセン

 

 

まあ、とはいえじゃあ「水平思考」だとか

「垂直思考」ってなんだろう?

という話になるわけです。

 

スクールでは物事の前提(そもそも)を

「ホントに??他には??」ってな感じで

疑ってみる態度・考え方のことと

紹介してもらった。

 

具体的に例を出してみると、

たとえば人間(ヒト)ってサルから

進化した生き物だよね!って今のところ

信じられてる。

 

だけど、その前提である「サル」を

あえて疑ってみることでそこには別の可能性だったり、世界が視えてこないかい???

ってこと。

 

もしかしたら「ゾウ」かもよ??とか。

いやいや「ヒヨコ」かもよ???

ってな具合。

 

前提を置き換えてみると、

その行き着く結論が変わるよね!!

っていうのがこのラテラルシンキング的な

発想というわけです。

 

それを何かのアイデア出しの時に使えるよねというのがクリエイティブ的な使いみち。

 

 

 

ナルホド??

 

前提A、前提B、前提C・・・ってな感じで

横に展開していくイメージだから

「水平思考」なわけだ。

 

 

 

ここで「ラテラルシンキング」について

とある問いが他のスクール生から

投げかけられた。

 

 

「でもさ、じゃあそのラテラルシンキング

って具体的に

どうやってやればいいの??」

 

 

と。

 

 

ここでれおっちの中で「?」が浮かんだ。

ハッとさせられる疑問だった。

 

というのも、実はこのラテラルシンキングは

れおっちが好き好んで割と日常的に

やっていたことだったのです。

 

 

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こんな感じで

「前提」である「言葉」について

そもそもこの「言葉」の意味って 

なんなんだろう???

 

この「言葉」とあの「言葉」の違い

ってなんなんだろう???

 

みたいな一見答えのない旅のようなことを

僕は日頃から好き好んでやっていたから、

それが僕にとってのアタリマエに

なっていたのだけれど。

 

ところがどっこい!!!!

\(゜ロ\)(/ロ゜)/

 

そうか。

言われてみれば、そんなメンドクサイことをする変態がこの世の中にどれくらい

いますか??と言われれば、ちょっと言葉を詰まらせてしまう自分がいた。

 

#変態でごめんなさい、、、

#だって楽しいって感じちゃうんだもの、、

 

 

 

 

ナルホド。

そんなメンドクサイことを

日常的にやらない人からすると

それは非日常てきなことであり、

それは疑問になって然るべきことなのだと

思い知った。

 

 

残念ながら

変態を中心に世界は廻っていないらしい。

 

 

必死にその場で自分なりに

言葉にして説明を試みたけれど、

僕の冗長な長ったらしいコトバでは

その場にいた人に伝えきることが

出来なかった。

 

完全に僕の力不足だ。

 

悔しい。

 

でもね、どうにかしてこの変態が視ている

世界を一人でも多くの人に

知ってほしい!!!

(実は変態の仲間を増やそうと画策して

いる?!?)

 

そんな想いが強く残っているのです。

 

まだ自信の中で伝えきれる

自信はないのだけれど、とりあえず自分が

ラテラルシンキングをしている??

時のイメージなりを1つでも

多くここに書き記したいと思う。

 

 

ラテラルシンキング、は先述した通り

ある事柄に対する前提を他にない??

といった感じで横に思考を張り巡らせていく

ことだったわけだけれど、

これってよくよく考えてみると

要は1つのテーマに関して他の視点

(あるいはモノサシ)で考えてみるってこと

だよなあ、と気づく。

 

さっきのヒトの起源はサルにあるのか?

ゾウにあるのか?ヒヨコにあるのか?

って話は

「ヒトの起源がどこからくるのか?」

という1つのテーマに対して

あるイミでサル的な視点から考えてみたり、

ゾウ的な視点で考えてみたり、

ヒヨコ的な視点で考えているという

捉え方もできる。

 

これをもう少し派生させると、

たとえば「学校」という1つのテーマに

関して考えてみよう!って時に

 

「学校の歴史(学校×歴史学的モノサシ)」

について考えてみたり、

 

「学校の役割(学校×社会学的モノサシ)」

について考えてみたり、

 

「学校の施設(学校×建築学的モノサシ)」について考えてみたり、

 

「学校の人事(学校×組織学的モノサシ」

について考えてみたり・・・etc

 

挙げればキリがないほど、「学校」一つで

思考を張り巡らせることが出来る。

 

 

言うなれば「ラテラルシンキング

(水平思考)」は「掛け算思考」とでも

言い換えられる気がする。

 

と同時にこれが一つ具体的に

ラテラルシンキングをする際のコツ?

な気もする。

 

たぶん僕が多少なりとも

このラテラルシンキングに抵抗がないのは

僕の所属する「情コミ」学部の

多大なる影響があるように思う。

 

あと変態なことも。

 

でもあんまり日常的にやってない人からするとシンプルに抵抗があるかもしれない。

 

だからまずは馴らしていくことが大事。

 

※いや変態に言われましても、、、

 

 

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ここら辺の記事が「情コミ」に

通ずることを少し書いてたりするので

良かったら読んでみてくださいな(*´з`)

 

 

 

で、じゃあ「掛け算思考」という

捉え方をして「考えたいテーマ×〇〇」

というカタチを創れば

ラテラルシンキングっぽい

ことにはなるよ!というのはわかった。

 

でもさ、それって簡単にはいかんくね???

 

というお話になる。

 

ここがこのラテラルシンキング(水平思考)

の肝なんじゃないかな。

 

ロジカルシンキングのイメージは

縦に深ぼって深ぼって

とにかく一つのテーマに対して

「なんで?なんで?なんで?」

って繰り返していくことで下に下に

掘っていくわけだけれど、

ラテラルシンキングのイメージは

「考えたいテーマ」に「掛けられるテーマ」(基にして考えるテーマと言ってもイイ)

を掛け合わせて考えることで結果的に

斜め下に深ぼられてね?!!

というイメージ。

 

なんて言うんだろう。ムズカシイね。

 

「掛けられるテーマ」に関する

自身の知識量(情報量)が多ければ多いほど

その考えたいテーマに対する

理解度も深まるけれど、

逆にほとんどわからないテーマ

(限りなくゼロに近い情報量)

を掛け合わせても

ゼロにしかならない、という特徴もある。

 

なんなら掛け合わせたことによって

より複雑になってしまい

マイナスになってしまう可能性さえ

生まれる。

 

まずは自分が良く知っていることだったり、

好きなことを掛け合わせて考えてみると

ラテラルシンキング(水平思考)の

オモシロさに触れられるのではないか

と思う。

 

※徐々に掛け合わせるテーマを増やして

いけると、どんどん複雑にはなるけれど、

より深ぼっていけるのがラテラルシンキング

だと思う。

 

 

れおっちは4年間大学で

このモノサシの数だけを増やすことを

意識して講義を取ってきた。

(※逆に他になんにもやってまてん)

 

日本史、西洋史、哲学、音楽論、記号論、

美学芸術学、論理学、憲法学、政治学、

多文化理解、舞踊、組織論、心理学、宗教学、地誌学、批評論、脳科学、メディア論、

社会心理学、数理リテラシー、統計学、都市情報論、、、etc

 

 

それがここにきて実は活きていたんだ

ということを今実感した(゚д゚)!

 

徐々に掛けられるテーマを広げるべく

少しでもオモシロそう!と思った

テーマについて本を読んでみるなり、

ユーチューブで観るなり、

れおっちにDMして話をするなり

(割とマジで僕でよければいくらでも

時間創ります)

 

とにかく手段は何でもイイので

インプットしていくこともまた

ラテラルシンキングを楽しむために

必要なのかなあ??

だなんて思います(-ω-)/

 

 

 

ここでまた、スクール中に出てきた

疑問が僕を悩ませました。

 

 

「そもそも

好きにならんと

興味持てなくない?」

 

「興味持て!!

って言われても

持てないから困ってるんねん!!(笑)」

 

 

 

むむむ、、、

言われてみるとたしかにそうだなあ、、、

と何も言い返せないれおっち。

 

必死に抵抗はしたけれど。

 

今でこそ、色んなことにオモシロそう!!!

とか言って

飛び込んでいるれおっちですが、

果たして僕は前々から

そんな感じだったのだろうか?

 

小さい頃や高校生までを思い返してみる。

 

いや、そんなことなかった。

というのが僕の結論。

 

つまり、れおっちはほんの6年前まで

そこまで物事に対して興味関心を抱くタイプ

ではなかったということです。

 

にもかかわらず、

今じゃあ興味のないことの方が少ない。

 

とすると?

興味関心は持てるようになる、

ということです。

 

 

自分がどういう経緯で今のような状態に

なったのかを振り返ってみる。

 

まずは僕自身はソトの世界にあるものに

全く関心がなかった時期があった。

 

かと言って、なにか自分自身で

趣味があったりしたわけでもなく

時間をただ垂れ流して浪費している、

そんな日々を送っていた。

 

所謂あらゆることに対して

無関心だったんです。

 

あの頃を思い返してみると、

学校に通い、無心で塾で勉強する。

そんな毎日を繰り返していた。

 

だってそういうものだって

思いこんでいたから。

 

学生でしょ?だから、勉強するよ。

高校受験もするもんでしょ?

大学受験だってそろそろ準備しなきゃ!

 

そんな風に生きていた。

 

 

僕は電車に乗っていたんです。

 

社会に決められた「当たり前列車」に。

 

自分で考える必要もなく、

なんとなくで生きられていたし、

なんとなくその流れに乗れていた。

 

そんな意識に「関心」という

能動的な要素は見出せなかった。

 

というより、

埋まっちゃってたんだと思うんよね。

 

よくあの人は主体性のある人だ!

ってな感じで、「主体性」というのは

ある・ない、で論じられがちだ。

 

でも、僕は「主体性」というのは

埋もれてしまうものだと思っている。

 

つまり、みんな「主体性」は 

ちゃんと持っているんだけれど

違うのはそれが発掘された状態でいるか、

はたまた埋もれてしまっているか。

 

そんな気がする。

 

僕は浪人してから、その自分の中にある

「主体性」を発掘する作業を

それこそ干からびるほどやった。

 

この発掘作業のやり方に関しては

後に記事にしようと思う。

↓ ※追記:発掘作業に関して!!

shizhonglingyang.hatenablog.com

 

 

 

兎にも角にも、

発掘作業の時期はソトではなく

ウチにばかり焦点を当てまくった。

 

自分に関心をもちまくったのです。

 

その結果、少しずつ自分の中に

「自覚」というものが芽生え始めた。

いろんなことに対してね。

 

3年くらい、その発掘作業をしていた

ある日突然、

自分の中で何かが変わった感覚に

なった。

 

※決してヴァンパイアになったとかではないッス

 

そこで思ったのが、

「そうか。まず自分(ウチ)にありったけの関心を集めてみると、矢印がソトに自然と

向くようになって結果的にソトへの関心が

芽生えるのかもしれない。」

ということだった。

 

もちろん、これだけが全てじゃないけれど

1つの道としてこういう道もあるんだなあ、

って知ってほしい。

 

 

ここまで書いた上で、

先ほどの問いに対して答えるなら

たぶん「関心」というのは

本来は意図的に向けるものではない

のだとは思う。

 

自然と向くのが待てばイイというお話。

(必要性はないよねってこと)

 

ただ、一方で自分が自分自身に

関心を向けた時には

「もっと自分と向き合いたい!!!」

というキッカケがあって

実際にそういう時間(環境、キッカケ)を

無理やり造ったという事実がある。

 

つまり、「向き合いたい」という気持ちを

大事にするために

行動せざるを得ない環境を意図的に造った

(コントロールした)ということ。

 

行動した結果、

「関心を持つことができた」ということから

もしもあなたが「色んなモノサシを

もってみたい!!」と思うのであれば

それは意図的にコントロールが

可能なんじゃない??ということ。

 

それこそ、キッカケを創ればイイ。

 

どうやってキッカケ創ってイイか

わからない!!!というのであれば

騙されたと思ってれおっちに

まじでDM下さい。

 

※まぁ、こんなって言っても行動してくれる人

ホントにいないんだけど、、、(泣)

 

ZOOMなり、なんならカフェで

お話するのもアリ!です(-ω-)/

 

たぶん色んなことに興味持つための

キッカケにできると思います。

 

今回はなかなかのボリュームに

なってしまったけれど、とりあえず

思うことをツラツラと書いてみた。

 

まだまだ書こうと思ったら

書けそうなんだけれど、

だからこそ、一旦ここまでにしよう

と思います( *´艸`)

 

 

今日はこの辺で♪

 

 

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