「れおっち」のブログ

あなたの毎日に「ちいさな刺激」をお届けします。

あなたの何気ない日常に非日常をお届けするブログという名のキッカケ。

「多様性」が認められるとイイこともあるけれど、ちょっと哀しいこともある。

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みなさんこんにちは!「れおっち」です(-ω-)/

 

本日もまた年始にもかかわらずバイトを

してきた勇者れおっちです。

 

#明日も明後日もバイトだああああ

 

 

でも、バイトばかりでイヤだなとは

思いたくないれおっちは、

バイトの時間がどうやったら

オモシロくなるかな?

と考え、それなりにバイトの時間を

充実した時間へと変貌させることができる

ようになりました(笑)

 

 

今日なんかも例外ではなく、

派遣先のコンビニの店長と仲良くなって

色んなお話をしてきました。

 

#ちゃんと業務はやりつつも、

楽しむスタイル

 

 

今日はそこで話した中でちょっと新しく

気づいたことについて少々シェア。

 

今日の派遣先の店長さんは

3歳と1歳のお子さんがいるそうです。

 

みなさんご存知の通り、

れおっちは「絵本」を描いていることから

パパさんやママさんの気持ちは

ぜひとも知りたいこと!

 

もちろん、

子どもたちの反応もなんだけれど。

 

最近のちっちゃい子って何してるんだろう?

と気になり聞いてみます。

 

ちなみに、ぼくがそのくらいの頃は

ちょうどペンを握って

絵を描いていたそうです( *´艸`)

 

1歳くらいの子は簡単な単語は発するような時期。

 

「パパ」とか「ママ」とか。

 

3歳の子はべらべらとおしゃべりをする

ような時期。

 

 

店長さんによると、なんと!!!!

 

「二人ともYouTube

観てるよ!!」

 

とのこと

\(゜ロ\)(/ロ゜)/

\(゜ロ\)(/ロ゜)/\(゜ロ\)(/ロ゜)/

 

ぬぁ、ぬぁ、

ぬぁんだってぇえ?!

\(゜ロ\)(/ロ゜)/\(゜ロ\)(/ロ゜)/

 

 

最近の小学生ぐらいが「キスがどーの」

言ってることは耳にしていましたが、

まさか1歳の子がYouTubeしてるとは

予想外でした\(゜ロ\)(/ロ゜)/

 

ちなみに名前は忘れましたが、

1歳の子の間では中国のなんたらっていう

番組が流行っているそうです・・・(笑)(笑)

 

もはや1歳で国境超える

世界線があるらしいです。

 

 

#オジサン、ついていけないよ・・・

 

 

僕の唖然とした顔に気づいたのか、

付け足す感じで

「もちろん『おかあさんといっしょ』

だとか、『いないいないばあ!』とかも

観るけどね!」

 

と言ってました・・・(*´з`)

 

 

 

ここで僕の中で一つ大きな疑問というか、

ある種の絶望のようなものを感じている

自分に気づきました。

 

 

「多様性が認められると、逆に『共通項』が見出しにくくなるのか・・・」

 

ということ。

 

 

つまり、「みんな一緒」じゃなくて

「人それぞれでイイ」が社会の風潮として

前面に押し出されるようになると、

(いやそれは良いことではあるんだけど)

当然個々人が自身の趣味嗜好に合わせて

何かを享受し始めるわけで。

 

それが「YouTubeで何観る?」って

話になり、一定「流行り」はあるものの、

僕はコレ!私はコレ!といったように

そこは多種多様になっていく。

 

僕らは「テレビ」というメディアに

ある程度馴染み深く、

(特に小さい時はより一層)

 

「日曜日の朝は戦隊ものや仮面ライダー!」

「日曜日の夜はちびまる子ちゃんと

サザエさん!」

「木曜の夜7時からはポケモン!!!」

 

といったように、

ある程度「共通認識」のようなものが

生まれやすい環境下に生きていたなって。

 

もちろんそれによる弊害もあるわけ

だけれど、逆にその「共通認識」による

ハイコンテクストなコミュニケーションは

成立していた側面もあるよねって。

 

最近は日本のような「暗黙の知」に対して

否定的な意見が目立つようだけれど、

僕自身は日本ならではのハイコンテスト文化はめちゃめちゃスゲエなって

思ってたりもする。

 

※西洋圏は一つ一つ説明しなければ、

コミュニケーションが円滑に成立しない側面があったりする。

 

そのハイコンテクストコミュニケーションが現代日本に残る数少ない特色の1つだとするならば、これからの時代はその特色すら

色褪せていってしまうんだな・・・

という哀しみを覚えたことに

ちょっと自分でも驚きました。

 

それだけ、僕自身もまた背景からちゃんと

伝えて、理由を説明するという

ある意味丁寧なコミュニケーション。

 

あるいはある意味で

コミュニケーションコストのかかる

コミュニケーションに慣れてしまっていた

んだなって気づいたのです。

 

 

世の中、つまりは「マジョリティー」

世の中、あるいは「大衆」

世の中、すなわち「メインストリーム」

 

は明らかに「個の時代」

(より西洋的な流れ)へと変わりつつあり

それに伴い「当たり前」「常識」は壊され、

新たな「アタリマエ」「フツウ」へと

変わっていく。

 

その中で「多様性を認めようよ!」みたいな言説が日本では多く見られるように

なったことから(少なくともカタチ上は)

スタンダードになりつつあることは

実感されるようです。

 

しかし、いついかなる時も

「アタリマエなんてない」のモノサシは

もっていたいものでして。

 

その「アタリマエ」によって

失ってしまう以前の「当たり前」も

忘れないでいたいなって思うのです。

 

だって、その「当たり前」を知っているのは

その「当たり前」の中に生きていた世代

だけなのだから。

 

その中にもきっと大切な「何か」は詰まっていたはずで、そこは知っているものが

次の世代に引き継いでいかなければいけない

のだと思うのです。

 

というか選択肢として残っててもイイよね

って。

 

 

これからの世代は「みんなと共通」だとか

「一緒にやる」といったことの

素晴らしさをもしかしたら知らずして、

成長していくのかもしれない。

 

だったら、それを知っている僕らが

カタチにして残そうじゃないか!

 

そんな風にふと思ったバイトでした、

とさ(笑)

 

おしまい♪

 

 

#いやなんのバイトだよ(笑)

 

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