「れおっち」のブログ

違いがあるからこの世界はオモシロイ。

あなたの何気ない日常に非日常をお届けするブログという名のキッカケ。

航海日誌vol62 家族時間と仕事時間

家族を大切にしながら、社会人として圧倒的な成果を出すことは可能なのだろうか。

 

最近この問いが頭の中をぐるぐると巡る。

 

入社してから間もなく半年が経とうとしている現職。4期目のベンチャーで来期には2倍の規模に拡大する方針。この波を乗りこなすか否か、は自分のキャリアにとって間違いなく大きな転換期となることを本能的に感じている。絶対にこのチャンスをモノにしたい。

モノにする。

 

一方で、家族に焦点を当てるとおチビは間もなく生誕1周年を迎える。これからは保育園云々の話がよりリアルになり、家族で過ごす時間の希少価値が明らかにあがる。

 

よくよく考えてみると、人は社会的な生き物なわけで。【社会(公)】との接点を持つ方向に時間を使えば、【個(私)】の時間は減っていくわけで。

 

歳を重ねるとライフステージも移り変わり、

日常は非日常へ変わっていく。

 

ぼくの尊敬する西野亮廣さんは公言している。

 

【ぼくは家族を持つ、という選択を捨てました】

 

家族を持つ、ことだけが幸せのカタチだとは1ミリも思わないけれど。この1つの幸せを捨てる、という選択が簡単なものじゃないことは想像に難くない。

 

何かを得るためには、何かを捨てる。

 

ここで最初の問いに戻る。

 

社会人としての圧倒的な成果を得るためには【家族との時間】を捨てるしかないのか?

 

職場でも直の上司をみていると、1週間のほとんどすべての時間を【仕事】に当てていることが手に取るように感じられる。

 

3人の上司のうち、1人はパートナーがいるがぼくのようにおチビはいない状態。

 

今、ぼくは間もなく岐路に立つことになる。

 

この上司のポジションにアサインされるか否か。それを快諾するか否か。

 

コタエはでている。

 

だからココにこの気持ちを残しておく。

 

ぼくは【家族を大切にしながら、圧倒的成果をチームとして出すリーダー】になる。  

 

そして、その先に見据えているのは

【新規事業起ち上げリーダー】のポジション。経営幹部の視座でビジネスと向き合うこと。ゆくゆくはグループ会社の起ち上げ。

 

そのためには【やらないこと】をもっと明確化していかなければいけないし、それを徹底していくこと。また、業務効率の視点を持ちながら業務遂行をすること。

 

まだまだ考えなければいけないことも無限にあるし、やらなきゃいけないことも無限にある。

 

その根底として【スケジューリング】が一番の土台になると思う。

 

まずはそこから始めよう。

 

 

 

 

 

 

航海日誌vol61 家族と仕事と

ここ最近うまくいかない。

 

仕事も、家族との関係性も。

 

なんでだろう?と自分に問いかけて一番最初に思い浮かんだのは【余白がない】というコトバだった。

 

そうだね。正直余白はない。

1ミリもない。

 

仕事で与えられた目標以上の目標を掲げて、死ぬ気で毎日仕事をしているつもり。

でも正直先月や先々月の方がうまくいっていた気がする。

 

おかしいぞ?明らかに今月は時間を投下しているハズなのに。

 

それに伴って、家族というかパートナーとも上手くコミュニケーションが取れていない自分がいることにも気づく。

 

こんなに気持ちはあるのに。

 

届かない。なんでだろう。

 

そうか。最近物理的に一緒に過ごす時間が少ないからだ。

 

つい先日、夏休みを使って連休を取ったんだけどさ。それが終わったらまた仕事仕事。

 

あれ?日常に家族がいるはずなのに。

非日常に家族がいるぞ?おかしい。

絶対におかしい。

 

この流れは良くない。

絶対に良くない。

 

おかしいなぁ。

家族を心から愛しているし。

家族との時間を大切にするために、死ぬ気で仕事をしているのに。

 

なんでこんな事が起こっているんだろう。

 

疲弊するパートナー。

 

家に帰ると眠っているおチビ。

 

身体を壊してばかりの自分。

 

ごめん。

たくさん心配をかけてしまっているし、

たくさん一人で抱えさせてしまっているや。

 

遅いかもだけど、今やっとハッとした。

 

ここ最近自分の体調が明らかにおかしかったのは、もしかしたらこのことを教えてくれていたのかもしれないな。

 

決められた時間の中で成果を出せる自分になりたい。定時で気持ちよく「お先に失礼します!」と帰れる自分でいたい。

 

最近「忙しい」を言い訳にして、自己管理を疎かにしすぎていた自分がいた。

 

何かを得たければ、何かを捨てなければ。

 

一番最初に捨てるもの。

 

自分のやり方が間違っていたんだ。

 

いらんプライドやコダワリを捨てること。

 

迷惑をかけた家族に感謝を伝え、

そして素直に自分の過ちを認めること。

 

そんな自分に気づけたんだ。

変わろう。変えよう。

 

今からすぐにできることを行動する。

 

自分にできないことは仕組み化する。

 

家族を大切にするために、

等身大の自分でいる。

 

そんなリスタートを切ろうと思う。

航海日誌vol60 期待に応えたい

裏切ってしまった。

自分に期待をしてくれていた上司であり、同

志であり、仲間である彼を裏切ってしまった。 

 

心が痛い。

 

他人の期待に応えられなくて、ここまでシンドイと感じたのは28年で初めてだった。

 

自分のちょっとした心の緩みや、自分は行動してるから良いだろうという慢心。

 

そんなクソダサい自分を心から信じてくれていた彼を裏切ってしまった。

 

本当にやってしまった。

 

なんてことをしてしまったのだろう。

 

一緒に会社を大きくしていこう!

 

そう交わしたあの言葉をチープなものにして

しまった。

 

そんな自分が心の底から憎い。

 

今日の彼は1日中怒っていた。

あれは【怒り】じゃなくて、【哀しみ】

だった。

 

もう二度とあんな顔をしてほしくない。

 

一緒に良い仕事したな!!!

と心から笑い合うような時間を過ごしたい。

 

ぼくは今、心の底からそんな想いで溢れている。

 

明日謝ろう。

心から謝ろう。

 

そのうえで、自分の行動一つ一つに問いかけよう。自分の行動に自分は誇りを持てますか?と。周りから見られた時にも、胸を張れますか?と。

 

細部は神に宿る、だなんて言うけれど。

誰が見てるかは1ミリも関係ない。

 

どんなに小さいとしても、コダワリや誇りを以て行動する。

 

 

そう強く思った1日でした。

 

航海日誌vol59 再始動

3ヶ月経った。

こうやって筆を執り、つらつらと自分の胸の内を描くことを止めた。

 

「日々が充実しているから。」

と言えば、その通りなんだけど。

 

でも、ぼくより日々を鬼のようなスケジュールで描いている人は五万といるわけで。

 

ただの【言い訳】なのです。

 

通勤時間の一部を充てれば時間は捻出できただろうし、なんなら15分早く起きれば良かったわけです。

 

入社したてはどんなに忙しくても、社内のチャット上で日々の気づきや学びを言語化して発信していた。

 

とある時から【他にやるべきがあるから】という理由付けをして、その習慣を止めた。

 

そのクセに、自分の中でどこかモヤモヤしたものを抱え続けては見ないふりをしてきたように思う。

 

ずっと続けてきた【家族4コマ漫画】ですら、ある時から【描く時間がない】と筆を止めた。自分に対して【家族の時間を大切にする】という大義名分を掲げ、その【言い訳】を許容したのです。 

 

「成果をだすことだけに集中するのだ」

 

そんな声を自分に聞かせ続けた。

 

だけど、心の何処かでは分かっていたのだと思う。今自分は【集中】しているのではなく、【逃避】しているのだと。 

 

確かに【何かを得る】ためには【何かを捨てる】必要があるのかもしれない。その意味でぼくは【捨てる】選択をしたつもりだった。

いや、たぶん選択自体は間違ってなかったんだと思う。

 

あの時、その選択をしていなければたぶん得られていなかった結果があったはずで。

 

そう思い返すと、今この瞬間感じている【自分は逃げていたのかもしれない】という想いは恐らく自分のキャパに少しだけ余白が生まれ始めたことの現れなのだと思う。

 

たぶんこの想いを汲み取ることができたのは、つい先日の思い入れある長期プロジェクトの終幕が関係しているのだと思う。

 

そのプロジェクトには完全に、不完全燃焼という形で中途半端に関わる結果に終わってしまった。コアメンバーとして手を挙げたにも関わらずやり切ることができなかった。

 

悔しさ。もどかしさ。やるせなさ。罪悪感。

醜さ。そんな感情たちがぼくの脳裏を駆け巡っている。

 

嗚呼、なんで中途半端に関わってしまったのだろう。

 

でも、正直まじでリソースがないんだよな、、、。けっこう日々を生きるので精一杯なんだよ、、、。

 

そんな【後悔】と【開き直り】が心の中でケンカする。

 

2025年9月7日。

 

今日は自分がメインで関わってきたアートプロジェクトのキックオフだった。

 

たくさんお世話になったお店の今後のミライを大きく左右すると言っても過言ではないプロジェクト。

 

どこまでコミットメントするかで、本当にドデッカイ【希望】にもなり得るし。逆に、ある種の【絶望】にもなり得るのだと認識している。

 

今度こそ、やりきりたい。

いや、やりきる。

 

仕事で与えられたノルマをハイ達成する。

家族の時間を大切にする。

 

上記を根っこに据えた状態で

 

家族漫画を描ききる。

アートプロジェクトを成功させる。

 

そして、3作目の本を描き切る。

 

めちゃくちゃハードルは高いことはわかっている。

 

でもやっぱり、やりきりたい。

 

もう後悔したくない。

もう自分に情けない想いをさせたくない。

 

そして、自分の日々のルーティンとして航海日誌をつけていくこと。

 

この投稿を新たな節目として、改めて一歩踏み出そうと思います。

 

今日はこの辺で!

 

 

 

 

 

 

 

航海日誌vol58 承認とか評価とか

最近周りからの反応がコワイ。

 

27年生きてきて、こんなに新たなコミュニティの中で承認され。評価されたことはなかった。

 

もちろんそこに喜びのようなものはあるのだけれど、どちらかというと「未開の地に足を踏み入れた時の恐怖」の方が大きい気がしている。

 

「慣れない」からどうリアクションしていいのかもわからなければ、逆に「慣れてしまう」ことにも抵抗感があるのです。

 

思い返せば、中高生までは承認欲求のオバケだった。「家」の中でそれを満たすことができなかったぼくは所属するコミュニティの中にソレを求めた。

 

コミュニティ内で自身の振る舞いが価値を発揮すれば満たされる瞬間もあったけれど、それはシャボン玉のように儚くすぐに弾け飛んでしまうものだったように思う。

 

真の【承認】とは如何なるものか?

 

大学に入り、自身の中に「主体感」が蘇っていった。その延長線でぼくは感覚的に悟った。

 

【承認】は【自己承認】にこそ価値がある。

 

同時に【学校】という名の檻の中で刷り込まれてきた【相対評価】からの脱却も自身のテーマになった。これは主に【恋愛】という海で模索することとなった。

 

こうして【自己承認】や【絶対評価】という

周りの環境や他者という【風】に左右されず

に舟を漕いていく道を切り拓いていったように思う。と同時に、ソレはある種の【逃避】

でもあったようにも思う。

 

今、新たな船の中で再会している。

【ビジネス】という文脈で【承認】や【評

価】と対峙する時がやってきたのだと思う。

 

今なら思える。

今の自分なら大丈夫だ。

 

今の自分には「家」がある。

「仲間」がいる。

 

今感じている「コワさ」の中に「オモシロさ」すら見出せる。

 

この航海の中であの頃のぼくと同じような想いを持つ人と出逢うなら、今度はぼくが糧となりたい。

 

今日はこの辺で!

航海日誌vol57 目標を追うって

目標達成。

この言葉とは無縁な人生だった。

なぜか?

だって目標を立てたことがなかったのだから。

いやいやいや!流石にそれはウソでしょ?

って思われるかもしれないけど。

今これを描いているぼくの顔は鑑真並みの静

けさと厳かさを持ち合わせている。

 

目標、は立てたことがないけれど。

その代わりに【目的】はそれなりに明確に持

って生きてきた自負はある。

 

あの子とお付き合いしたい!とか。

あの大学に入りたい!とか。

本を出版したい!絵本をカタチにしたい!

個展をやりたい!とか。

 

ぼくはこれまでまるで【旅】をするかの如く

目的を我武者羅に追ってきたのかもしれな

い。

 

なんでまたこんな話をしだしたのかと言う

と、27年間目標を追ってこなかったぼくが今

になって【目標】を追うような航海を始めた

からです。

 

新しく身を置き始めた船。

この船で航海が今日で1ヶ月になる。

正直この船での日々は目まぐるしい。

 

冗談抜きで朝から晩まで仕事をしている。

いや、させてもらえている環境がある。

この船での毎日は【数字】との戦いです。

 

所謂【KGI】【KPI】をいかに達成するか?

そこにコミットし続ける日々です。

 

そんな日々はぼくに言わせれば、最高にオモ

シロイ日々です。だって、自分が何をすべき

なのか?が明確に観えるのだもの!そして、

自分の行動の結果もちゃんと数字として観え

る。そしてなによりも嬉しいというか、有り

難いのが【評価】【フィードバック】がもらえ

る環境がすぐ隣にあるのだということ。

 

よくよく考えれば、ぼくは今まで一度たりと

も「ダレカからちゃんと評価される環境」で

働いたことがなかった。

 

個人事業主としては、自分で仕事を獲得して

自分で価値を描き届ける。

合同会社で動いていたときは、自分で旗を振

って、自分がメンバーに常にフィードバック

をする側だった。

 

だからかな、最近船の仲間たちにポジティブ

な言葉や成長のためのフィードバックをもら

える日々にどこか新鮮さとある種の驚き(未

開の地に足を踏み入れた感じ)が隠せない自

分がいる。

 

今月はキャリアアドバイザー(CA)としての目標とリクルーティングアドバイザー(RA)としての目標までそれぞれあと本当に一歩。

 

あと1日。

 

どこまでできるか?

やり切ったゾーーーーー!!!!

と胸を張っている自分と出逢うために今日を

描きます。

 

 

今日はこの辺で!

 

 

航海日誌vol56 「1122」を観て

 

最近は専ら「仕事」に情熱を注いでいる。

とは言え、ダレカの作品に触れる時間を定期的にとらないと自分の中のクリエイティビテ

ィが錆びてしまうわけで。

 

意識的に「作品」に触れる時間も摂るようにしている。

 

今回はアマプラで「1122」という作品を観た

ので感じたこと考えたことをつらつらと描い

ておく。

 

あ、ちなみに「1122」は「イイフーフ」です。

※例の如く、ネタバレは一切しないように描

くのでその点はご安心を。

 

この作品を観終えた今、心の中にあること。

それは金八先生が言っていたあのコトバ。

 

「人」という漢字は「人と人が支え合って成

り立っているんです」ってやつ。

 

これに尽きる。

 

自信を持って言えるけど、やっぱり自分は一

人では絶対に生きていけないですね。

うん。ムリです。これは広義の意味でもそう

だし、狭義の意味でもそうです。

 

自分の日常を大きく捉えたときに、「衣食住」

ですらその全ての裏側には必ず「ダレカ」

の存在があるわけで。とてもじゃあないけれ

ど、一人ですべてを賄うだなんてできない

し。

ましてや、この資本主義の中で「仕事」

一つをとってもそう。

よく巷では「うちの社長はさー」とか「うち

の会社はさー」みたいな言説を耳にすることがあるけれど、いやまじで黙ったほうがいい

と心から思う。

 

社長は普通に偉いと思う。圧倒的に偉い。

「仕事」すなわち「価値」を自らの手で創り

出し、それを「組織」の中で生み出していく

「仕組」を創ること。それがどれだけエネル

ギーを必要とした営みなのか、ぼくはほんの

少しだけ知っている。もちろん全ての企業や

社長が倫理的・人道的な営みを行っていると

は全く思わない。それでも、「仕事」というも

のを描いている点においてはやっぱりスゴイ

ことだと思う。

 

自分が従事している「仕事」の裏側にも必ず

「ダレカ」の存在がある。

 

そんな不特定多数の「ダレカ」の存在だけで

なく、もっと身近で自分を支えてくれる存在

もたくさんある。友達や同僚や、家族たち。

そして一番はパートナーの存在でございま

す。

 

やっぱり現代という荒波の中で日々、自分だ

けのオールを用いて舟を漕いでいくことって

ものすごく難しいのだと感じる。何かに挑も

うとするときに基盤となるもの。

それが自分のすぐ近くにあること、それがど

れだけ有難いことなのか。

 

その感謝の気持ちをカタチにすることだけ

は、絶対に忘れずに生きよう。

 

そう強く改めて感じさせられた作品でした。

 

今日はこの辺で!

 

↓ ポチッと登録よろしくお願いします♪

記事更新後すぐに通知が行きます。