今から6年前。
2018年のちょうど今くらいの時期にぼくはブログを始めた。
まあ、それから本当に色んなことがあって一旦記事を全部消しちゃったからなー
そんなに前からこのブログが存在してただなんて思われないかもしれない。
今日は6年前のその時期に想い馳せてみようと思う。
2018年の2月中旬から3月の中旬まで、ぼくは人生で初めて海外へ行った。
大学1年生の集大成として校内公募があったそのプログラムに「えいや!」と応募したのだった。
それはタイ、カンボジア、ベトナムの主要都市を7か所くらい巡るプログラムだった。
今でこそ、「SDGs」って言われるけれどそのプログラムの引率の先生はその当時から
(なんならそれよりもずっと前から)「必ず流れが来る」ということを読んでいて、その「SDGs」に特化した1か月にわたる長期プログラムを企画開発したのだそう。
※驚くべきは参加ハードルを下げるために文科省から億単位のお金を引っ張っていたらしい
簡単にプログラム概要を書くと、「SDGs」を通して学生たちに世界レベルの視点を体感してもらうような趣旨のプログラムで。
タイのバンコクで所謂「模擬国連」を実施。
現地の学生とペアをつくり、それぞれ担当の国を持つ。
自身の担当の国に纏わる諸問題を取り上げ、それを「SDGs」の枠組みの中で分類。
最終的には10か国程度の「トップ」として意見交換し、特に全体として取り組むべき項目を3つに絞った。(ここまでがタイでの模擬国連)
その3つをぼくら、日本の学生が引き継ぎそれを元に3つのグループに分かれた。
そこからは各グループがその担当する「分野」に関心を持ちながら、カンボジアやベトナムでの日々を過ごしていく。
最終的にはベトナムにある国連関連施設にて、国連のメンバーの方々に英語で解決策をプレゼンするというプログラムだった。
本当はこのプログラムでのそれぞれの体験について、あーでもないこーでもないと書きたいところだけれど今日は我慢しておく。
まあ、そんな壮大な物語を経てぼくは帰りの
飛行機で何を思ったか?
ということなのです。
当時の僕が帰りの飛行機で感じていたのは「達成感」でも「解放感」でもなく
「虚無感」だった。
1か月かけて、何も知らない異国の地で、不十分なコミュニケーション能力で、色んな体験をし、考え感じ続けた日々。
そこで見出した課題について、自分なりに解決策を考案し、それを世界の組織「国連」に属している人たちに対して表現した。
にもかかわらず、「虚無感」を感じていたのです。
なぜか?
自分がやったことが
「何にもならないこと」を悟ったから。
もちろん、自分にとっては多くを感じ考え、
多くを学んだ本当に最高の経験だった。
その意味で、当然「イミ」はあったと言える。
けれど、ぼくが考えたのはあくまでもアイデアであって、それ以上のなにものでもない
ということなのです。
言葉をあえて選ばないならば、ある種「自己満」で終わってしまっていたということ。
ああ、そうか。
コトバやアイデア、想いってちゃんとカタチにしてあげないと届かないんだ・・・
そう強く思ったのです。
それ以来かな。
「想いはカタチにして初めて意味を為す」
これがぼくの座右の銘になりました。
今日はこの辺で!
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